第4話


 放課後になった。

 あたしは秋実たちのところへ向かう。

「帰ろうぜ」

「あんた学級日誌書いた?」

「あ、忘れてた! じゃあ今日は先に帰ってて」

 あたしは三人と別れのあいさつを交わすと、自分の席に戻って学級日誌を書き始めた。

 次々にクラスメイトたちが教室から出て行き、教室の中は静かになっていく。そして教室の中に残ったのはあたし一人だけ、にはならなかった。なぜか尾上が帰らずに、なにをするでもなく自分の席に座り続けていた。そしてたまにこちらを見やるのだ。

「なに?」

 と訊いてみると、

「や!? 別に……!」

 肩をビクッ! と跳ね上げさせ、首をぶるぶると必要以上に横に振る。一体なんなんだろうと不審に思いながらも、あたしは学級日誌を書き進めた。そして書き終わると、鞄と学級日誌を持って教室を出た。その時になっても尾上はまだ教室に残ったままだった。

 職員室に行き、井岡先生に学級日誌を渡して帰ろうとしたら、井岡先生に呼び止められる。

「ちょっと待て大木。お前が三組の神崎に暴力を振るったという話を耳にしたんだが」

「え!? それは違います! あたしそんなことしてません! 神崎君には暴力振るってませんから!」

「神崎君には? どういうことか詳しく説明してもらおうか」

 神崎と揉めた時に、机には暴力を振るったけれど、神崎には決して暴力は振るってないこと、机を蹴飛ばした時、神崎に当たらないように方向を選んで蹴ったから、神崎を攻撃するために机を蹴ったわけではないということを、必死に説明した。なんとか信じてもらえたけれど、机を蹴ったことについては怒られてしまった。学級日誌を渡せばすぐに帰れると思っていたのに、解放された時には結構時間が経っていた。

 職員室を出て、無人で静かな廊下を歩いていく。そして下駄箱に着くと、そこに尾上がいた。

 数ある下駄箱の中の一つに向かって、尾上が手をさし伸ばしている最中だった。その下駄箱は尾上のではなく、あたしがよく知っている人物の物だった。

「おい尾上! 秋実の下駄箱になにしてるんだよ!」

「どひゃあああ! お、大木さん!? とっくに帰ったと思ってたのに!」

 尾上が尻餅をついて後ずさる。

「そんなに驚かれたら傷つくんだけど……。ん?」

 尻餅をついた時、尾上の手からなにかが落ちた。あたしはそれを拾う。

「あ、それは……!」

 尾上が手を伸ばすが、あたしが拾う方が速かった。それは封筒で、表に『藤木さんへ』、裏に『尾上慎悟より』と書かれている。

「まさかこれって、ラブレター!?」

 驚いて尾上を見ると、尾上の顔が瞬く間に赤くなっていく。

「もしかしてあんた、ラブレターを入れるところを見られたくなかったから、誰もいなくなるのを待ってたのか」

 尾上は悪戯が見つかった子供のように、あたしから目を逸らす。

「あんた秋実のことよく見てるけどさ、ほんとに秋実のことが好きだったんだ」

「う、うん」

「秋実のどこが好きなんだよ」

「ひ、ひいっ! そんなに脅さないでよ!」

「脅してねえだろ! あたしは秋実と友達だから、自分の友達を好きになった理由を訊きたかっただけだ。嫌なら言わなくていいけど」

 尻餅をついている尾上を長身のあたしが見下ろすと、それだけで脅してるように見えるらしい。

「藤木さんに告白する時に、好きになった理由を言うつもりだし、そうなると藤木さんがそのことを友達の大木さんに言うかもしれないから、今更隠す気はないよ。藤木さんって学級委員だから、クラスでなにかを決めなきゃいけない時に、みんなの前に出て司会進行をするだろ? あの時の藤木さんって、てきぱきと話をまとめてスムーズに話し合いを終わらせるよね。あれが格好良いと思うんだ。もしぼくが学級委員になって司会をしても、絶対にあんなにうまく司会できないよ。だから格好良い」

 秋実のことを好きな理由を語る尾上はなんだか楽しそうで、本当に秋実のことが好きなんだな、ということが伝わってきた。

「そっか。邪魔して悪かったな。はいこれ」

 あたしはラブレターを尾上に差し出す。立ち上がった尾上が受け取ろうとしたけど、あたしから受け取った瞬間にまた落としてしまう。

「握力がなくなっちゃって。昨日の夜、徹夜して何度も何度も書き直したから。話たいことがあるから、体育館裏に来てくださいっていう短い文章を書いただけなんだけどね」

 昔そうちゃんに告白しようとしたけどできなかったあの日、家に帰ったラブレターを書いてた時、あたしも何度も何度も何度も何度も書き直した。あの日の気持ちを少し思い出していた。

「わかるよその気持ち」

 尾上はラブレターを拾うと、それを秋実の下駄箱に入れた。

「頑張れよ尾上」

「うん!」

 初めて見る尾上の笑顔は、生き生きとしていた。


 次の日の朝、登校の途中であたしは秋実たちと一緒になった。そして下駄箱で靴を履き替える時に、秋実がラブレターの存在に気がついた。

「なにこれ」

 遥が目を輝かせる。

「それってラブレターじゃん!?」

「え、あたしに?」

「藤木さんへって書いてあるじゃん。秋実もやるねえ!」

「うるさい」

 悪態をつく秋実は、満更でもない顔だ。

「誰からだろ?」

 気恥ずかしいのか、秋実は一度周囲を見回してから封筒を裏返した。

「げっ! 尾上からじゃんか!」

 秋実はラブレターを投げ捨て、汚らわしそうに制服の上着に手を擦りつけて拭いた。

「あはははは! 朝からついてないね」

 理沙と遥が大口を開けて笑う。

 あたしはラブレターを拾った。そして秋実に差し出す。

「ちゃんと読んであげなよ」

「はあ!? 尾上だよ!? 嫌に決まってるじゃん!」

「昨日尾上と話したんだけど、尾上の奴、真剣だったよ」

「知らないよそんなこと」

 相手に読んでもらえなかったラブレターほど空しい物はないと知っているあたしは食い下がる。

「何回も書き直したって言ってたし、読むくらいしてあげてもいいだろ?」

 本当に嫌そうに秋実は眉間に皺を寄せた。

「やだっつってんじゃん。わたしが高岡君のこと好きなの小鳥だって知ってんでしょ。尾上なんか眼中にないし。高岡君は春比奈なんかのことが好きで、尾上にラブレター貰うなんて最悪。わたし不幸すぎるわ。ていうか小鳥、理沙の時みたいに尾上のこと追い払ってよ」

「そんなことできない」

「は? 理沙にはするけどわたしにはしてくれないわけ? なんで?」

「神崎は理沙が何度フッてもしつこかったから引き受けたけど、尾上が告白してくるのはこれが初めてだろ。嫌なら嫌で、秋実が直接尾上に言うべきだと思う。だからできない」

「あっそ」

「尾上のラブレター、ほんとに読んであげないの? 読んであげてよ」

 あたしはラブレターを半ば秋実の胸に押し付けるように差し出す。

「読まないっつってんじゃん!」

 秋実はラブレターをくしゃくしゃにして、近くのゴミ箱に投げ捨てた。

 確か尾上は秋実を体育館裏に呼び出す内容を書いたと言っていた。秋実がラブレターを読まなかったことを、尾上に伝えるべきかどうか迷った。でもこんなこと言いづらくて、結局あたしはなにも言わなかった。

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