第15話 閣議

「先ほど伝令が届き新たな報せが入ったのだが、まずはその報告をさせて頂きたい。」

ベンソが手元の紙をめくりながら話す。

「1800年1月26日、カッケルラーク二重君主国はカファール帝国に対して正式に降伏した。」

「何だと!」

 一同は驚愕した。バデリオは机を叩く。

「早過ぎますね。わずか一週間足らずで世界最強の国の一つであるカッケルラークを落とすとは。」

 ディ=ナターレが唸る。

「して、講和条件は如何様なものでありましょうか?サヴォッリアに関する事項は?」

 アルベルティーニが慌てた様子でベンソに問いかける。

「旧カッケルラーク領ランゴバルド王国をカッケルラークから切り離し、我等サヴォッリアの大陸の旧領と併せ、ルキフィガ王国なる新国家を樹立する。ということだ。旧サヴォッリア領についても取り決められているので我らとカファールの二国間では現状維持ということでいいと思われる。」

「ルキフィガ王国だと?ふざけた真似をしおって!何処の王家を担ぎ出したのか?」

 バデリオはサヴォッリアの旧領を半ば恒久的に喪失したという事実に対する怒りから激昂して吐き捨てた。ベンソはそうした様子を一瞥し、表情一つ変えずに言葉を発する。

「ルキフィガ王はカファール皇帝エフェメール=ボナパローテが兼任するそうだ。」

「つまりカファールの一部になるということですな。」

 アルベルティーニは地図を睨む。


 ここで、この世界の地理的状況を説明する。この世界には大陸は一つしかないが、その大陸は宗次郎たちが住む世界のヨーロッパに極めてよく似ている。サヴォッリア王国の旧大陸領は、この中ではイタリア半島のような地理を占めるルキフィガ半島の付け根に位置している。その東にはもともとランゴバルド王国という領土的にはサヴォッリアより少々大きい程度の国があった。ランゴバルド王国の東側にカッケルラーク帝国という大国が横たわっている。かつて、カッケルラーク帝国とカファール王国はルキフィガ半島の領有を巡って幾度となく戦争を繰り返していた。これが決着することがなく、そのせいで半島内はこの二つの勢力のどちらに付くかで二分され、多数の小国に分断されていた。100年ほど前にルキフィガ半島に出兵したカッケルラーク帝国は半島の東側の付け根のランゴバルド地方に王国を樹立させた。この王国はカッケルラーク皇帝が国王を務め帝国と同君連合となったため、カッケルラークは二重君主国と呼ばれるようになった。カッケルラーク皇帝はルキフィガ半島の支配者としての正統性をアピールしようとしたわけであったが、カファールが黙っておく筈もなく、ルキフィガ半島は不安定なままであった。そこでカファールとの緩衝地帯とする為に、当初サヴォッリア島の領主に過ぎなかった親カッケルラーク派のサヴォッリア家がルキフィガ半島の北部、ランゴバルド王国とカファール王国の間の地域の領土をカッケルラークから与えられ、サヴォッリア王国が成立したのであった。今回の戦争もこのルキフィガ半島を巡った伝統的な戦争の延長線上にあった。2年前の1798年、カファール王国内で革命が起こり王政が打倒されると、この混乱に乗じてカッケルラークはすぐさまカファールに侵攻した。カファールは動乱にあったが、逆にこの攻撃によって一致団結し、優秀な軍人であったエフェメールの元に団結し、ついにカッケルラーク軍を撃退したのであった。この功績からエフェメールが皇帝に選ばれ、カファールは帝政に移行した。一年以上をかけて国内を安定させたエフェメールが満を辞してカッケルラークに報復戦争を開始したのが今回の戦争である。その結果、今までとは逆に北部ルキフィガが全てカファールの手に落ちたというわけだ。


「北部ルキフィガを抑え、カッケルラークという後顧の憂い断ち切った今、カファールがルキフィガ全土の支配を目論むことは必至でありましょうな。」

 アルベルティーニは苦虫を噛み潰したような表情で触角をしごいている。悩む時にヒゲを触る人のようなものだろう。

「教皇領があるのでこれ以上の南下は厳しいかもしれないが、我が国に矛先が向く可能性は決して低くはないな。」

 バデリオがいつになく冷静な顔で指摘する。

「私もバデリオ元帥の意見に全面的に同意します。そこで一層性急な内政の改革が必要でありましょうな。」

 ディ=ナターレは結局、当初の議題に収まった様子がおかしく思えたが、焦りも大きかった。現状の力の差では、カファール帝国がサヴォッリアを滅ぼすのなど何の造作もなく雑草を引っこ抜くように終わるだろう。事実、現在のサヴォッリアは、バルサンが焚かれた家からほうほうの体で脱出したゴキブリのような存在で、対するカファールはスリッパを手にしたベテラン専業主婦のオバちゃんのような力を持っている。どうにかして力を取り戻さなくてはならない。


「改革案は何かあるか?」

 ベンソは厳しい顔で空中を睨みながら問うた。

「陸軍としては、軍事予算の増額を要求する。」

 バデリオが机に身を乗り出し、一同に食いかかるように切り出した。

「我が国最大の危機は何より国土安全保障上の問題であり、何をするにもまず国土を失ってしまえば画餅に帰してしまう。先の戦争で戦力を大幅に損失した我が国は、いち早くサヴォッリア島の防衛が可能な程まで陸軍を回復させなければならない。故に、今まで以上の割合の予算が必要である。」

「ただでさえ、主たる生産地を喪失したというのに軍事費の増額は正直厳しいとしか言いようがない。国家全体の活動を鑑みて、まず国力を十分にして、後に軍事を拡大することが良策であると考える。」

「しかしだ、宰相殿の言うように国力を充実させている場合などなく敵が来ると言っておるのだ!カファール軍の行動の速さは明らかではないか!何を悠長なことを抜かしおるのか!」

 バデリオは机を叩きながら怒鳴った。これをディ=ナターレも援護する。

「参謀総長からの見解を述べれば、カファール軍は我らの国力が復活する前に無力化して来る可能性が高いと思われます。この攻撃を阻止する為には島の要塞化が必要であります。今年度は、兵力の拡大よりもこうした要塞の建築の費用が必要であります。ある程度の赤字を出してでも要塞化を行い、国土の安全を全きものにした後に、じっくりと内政を整え、失地回復を図るべきであると考えます。」

「ううむ。しかし、それほどにの費用を軍事に振るには増税が必要だ。しかし、そうすれば、国民の忠誠が下がり内側から国が倒れる可能性があろう。」

「陛下のご人望があらば、民も付いて来るに違いなかろう!」

「陛下がいかに立派な御人であろうと、飢えが迫る民は自分の生活を苦しめるような国の言いなりにはならない。カファール王国が増税の結果、市民の革命によって倒れたのを貴殿らはもう忘れたか!?」

 ベンソとバデリオの応酬は続く。

「なんと不敬なる物言いか!あの放蕩家のカファール王と高潔なる我が陛下を同様に扱うとは!」

「税金の使い方がどうであろうが、自分の生活に危機が迫るのならば市民はそれを拒むと言っておるのだ!人の話を捻じ曲げて解釈して、話の腰を折るのはやめ給え。」

「まあまあ、お二方共落ち着いてくだされ。」

 ディ=ナターレの制止も聞かず二人は掴み合わんばかりだった。人間勢はただただ呆然と座っていることしかできない。その時、アルベルティーニがすっくと立ち、両手(一番前の前足2本)を机に叩き付けて怒鳴った。

「静粛になされ!そのようにお互いを否定し合うようでは建設的な議論もできない。席につき、熟議によって決定することが最も素早く、解決策を見つける方法である!」

 すると、テーブルをまたいで胸ぐらを掴みあっている二人は同時にアルベルティーニの方を向き、睨みつけた。

「では、お主の考えを申してみよ!」


 

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