第13話 飯を食う
宗次郎たちがあるベルティーニらが住む世界から帰ってきてから早くも一週間近くが経過していた。三人は、ここ一週間はいつも通り働いていたが、どうにも研究に集中出来ないのは皆同じだった。まあ金曜日なので致し方あるまい。
「そろそろ、昼ね。ちょっと休憩しましょう。」
研究班のリーダーである九戸愛衣が両手で伸びながら、二人に告げる。しかし、二人の反応はない。愛衣は気にとめる様子もなく研究室から出て行った。昼食を食いにでも行くのだろう。宗次郎と五郎八は、黙々と作業を続けていた。五郎八は、本当は物理学の専門家であるという事を宗次郎たちに告げてからは最早隠す事もなく自分の物理学の研究に没頭するようになり、奥の、異世界へのゲートがあった研究室にこもるようになっていた。今は、珍しく共有の研究室に戻って、ガラスケースの中を駆け回るゴキブリとにらめっこしていた。
「吉田さん。人生の意味とは何なのでしょうね....」
「五郎八、何難しい事をゴキブリに聞いてるんだ?」
仕事が一段落ついた宗次郎が五郎八に気づいて近づいてきた。
「ああいう世界もあるんだなって思ったら....」
宗次郎は、自分の人生は憎きゴキブリをこの世から消滅させるために捧げると心に固く誓っているのだが、果たしてそのような事に(道徳的判断は別にして)意味があるのだろうかという疑問が一瞬、頭をよぎった。
「まあ、人生のうちで自分でどうこうできる事なんて自分のことだけなんだから自分の好きな事を極めればいいんじゃないか?」
「.....そうですね。確かに、この職場をわざわざ選んだのは、ろーちゃんのことが好きだから。そうですよね、それでいいんですね!ありがとうございます。秋山先輩もたまには良いこと言うんですね。」
「お、おう、そうか?」
宗次郎は意外な反応に面食らった。その時、着信音が響いた。
「すいません、電話が掛かってきたのでちょっと行ってくるです!」
五郎八は走って出て行った。宗次郎はみんなが出て行ったので自分も飯を食いに行く事にした。会社のビルの二階に社員食堂がある。エレベーターから降りると食堂の自動ドアがあり、ドアの脇に食券の券売機がある。宗次郎は特に食べたいものがあるわけでもなかったので、早く出てきそうなうどんを選択した。予想通り、うどんは速やかに提供された。ちょうどランチタイムであったので、食堂は満員に近く、宗次郎は空席を探して右往左往していた。
「秋山くん!」
背後から呼びかける声があった。
「九戸先輩。、、そこ、空いてますか?」
「ええ。」
宗次郎は愛衣の向かいの席に腰掛けた。こうして食堂で二人で昼食を取るのは極めて珍しい事であったので、何だか新鮮な感じもした。二人は世間話などを適当に交わす。職業柄、飯を食べながら仕事の話はなかなか出来ないもので、かといって仕事以外の話題で共有する物と言えばもはや一つしか思い浮かばなかった。
「ところで、今週末って何か予定ある?」
「特にないですけど、どうかしましたか?」
「ちょっと、向こうの世界に行ってみるってのはどうかしら?」
「!!」
実際、宗次郎は今週一週間ずっとアルベルティーニたちの事を考えていたわけであるから、図星を突かれたような気分だった。
「実は、俺もそれを考えていたところだったんです。平日は仕事で行けなくても土日だけ通うっていうのもありかもしれませんね。」
「そうね。毎週は無理かもだけど。」
「でも、九戸先輩が行きたがるなんて、なんか意外な感じがします。」
「そう?ふふふ。じゃあ、そろそろ行こうか。」
二人は食堂を後にした。
研究室に戻ると五郎八がゴキブリに餌を与えていた。
「おう、五郎八!今週末暇か?」
「...暇じゃないです。忙しいです!」
「お、おう!そうか。なんかあるのか?」
「アルベルティーニさんのところに行くのです!なので、秋山先輩と遊んでる場合じゃないでしょう!?」
「そういうことか!実は、俺もあっちに行こうと思って、それでお前を誘おうとしてたところなんだ。」
「そういうことでしたか。じゃあ良いでしょう。いっそ今日は家に帰らず、仕事終わりに直接行きましょう。」
「お、おおう!まあ俺は大丈夫だが、」
「私も行けるよ!」
「では、決まりみたいですね。じゃあ、仕事終わったら持つ物持って来て下さい。」
あっという間に終業時間がやって来た。三人は五郎八の研究室に集まった。
「それじゃあ行きますよ!」
五郎八がデバイスを起動すると、大分見慣れて来たドアが現れた。三人はためらう事なく入って行った。三人が入り終えるとともにドアは消滅し、ただ薄暗いだけの研究室が残された。
ドアを開けた先には見慣れない光景が広がっていた。何かの建物の中なのであろう。あまり大きい部屋ではないが、掃除は行き届いている。しかし、部屋の中には大したものが無く殺風景という他ない。
「何だ、ここは?」
宗次郎は窓を開きながら言った。
窓を開けると眩いばかりの陽光が差し込んで来た。部屋は二階にあるようだ。すぐ近くに海が見える。水面は日光を反射して明るく輝いている。先ほどまでの薄汚い研究室とは大違いである。
「綺麗!!」
愛衣がはしゃぎながら窓際に駆け寄ってくる。宗次郎も何だかリゾート気分になった。
「前回来た時はあまり意識しませんでしたけど、こっちは日本時間と多少のズレがあるようですね。逆に一緒だったらびっくりですけど。」
人間のいる方の世界を出たのが5時すぎくらいなので、三時間ほどの差だろうか。
「早速色々見に行きましょうよ!」
五郎八も愛衣と同様にリゾート気分になってはしゃぎ始めた。
「とりあえず、アルベルティーニが来るまで待ったほうがいいんじゃないか?こっちの世界で俺たちの存在を知ってるのはごく少数だろ?このまま町に出たら、(人間界における)ゴキブリみたいな扱い方されて終わりだろ!」
「ろーちゃんは人間と違って心が優しい種族なんでそんな事しません!」
五郎八がふくれる。
「あのな、心優しいとか置いといて、俺たちはこっちの人たち(ゴキブリたち)にとってはバケモンみたいなもんなんだから、迂闊に出て行ったら社会が混乱するかもしれないだろうが!」
二人が、いろいろ言い合っていると急にドアが開く音がした。
「これはこれは、宗次郎くん達ではないか!よくぞ来てくれた。」
「おお!アルベルティーニ!元気だったか!?」
普段着姿に着替えたアルベルティーニがそこにいた。
「なあに、一週間ちょっとでどうにかなるか。」
「そうだよな!休日だからふらっと来たんだけど、ていうか、ここって何なの?」
「ここは我の新たな家だ。サヴォッリア島に遷都してから取り急ぎ探したんだが、王城からも近く、悪くない家だ。」
「王城はどうなったんだ?」
「もともとサヴォッリア家が使っていた古城がそこの丘の上に残っているので、陛下はそこにお移りになった。家臣団は大体がこの近辺の村に住んでいる。まあ、旧王都に比べれば田舎だが、サヴォッリア島の行政の中心地としてずっと栄えて来た町であるからそんなに不便はない。とりあえず、この部屋は空き部屋だから好きに使ってくれ。」
三人はとりあえず部屋に荷物を下ろした。
「じゃあ、飯でも食おうか。来たまえ。」
三人はアルベルティーニについて部屋を出た。階段を降りるとダイニングがあり、促されるままに一同は腰を掛けた。キッチンの方から調理をする音と食材の匂いが漂って来た。
「そう言えば、こっちで何か食べるのって初めてですね。」
「確かに、そうね。」
宗次郎と愛衣は不安げに顔を見合わせた。正直、不安しかない。ゴキブリの食い物を食うのである。
「ろ、ろーちゃんは玉ねぎとか、お砂糖とか好きだし、け、結構人間と味覚の趣味が似通ってるから、だ、だ、大丈夫に違いないです!!!」
流石の五郎八でも厳しいものがありそうだ。
「はっはっは!心配するな!サヴォッリアの食い物は美味いぞ!」
「できたわよー!!!」
すると厨房から力強い声と共に料理が運ばれて来た。
「紹介がまだだったね。我が妻フェデリカだ。」
「アルベルティーニって結婚してたのか!?」
「そりゃあ、我もそれなりの歳であるからな。そんなことより、フェデリカの料理は美味いぞ!」
「あんたらがこの人が言ってた人たちかい?」
「いかにも、私は秋山宗次郎と言います。」
「この人の危ないところを助けてくれたんだってね。ありがとうよ。おかわりならたくさんあるから腹一杯食って行きなよ!!」
フェデリカは満面の笑顔で宗次郎の肩をバシバシ叩く。
料理は、人間の食う物と見た目もほとんど変わらなかった。一抹の不安もあったが、フェデリカがにこにこしながら見て来るので、食わないわけにはいかず、宗次郎はまず、パスタのような麺料理に手をつけた。
「!!!これは!!美味い!!!」
「当たり前だろ!?」
フェデリカが嬉しそうにしている。その他の料理も皆絶品だった。料理としては、イタリア料理によくにていた。
「こんなに美味い料理が食えるならいつまでもこっちにいたいくらいです!」
宗次郎はお世辞抜きにそう思った。
三人とも何回もおかわりして大満足であった。
食事も終えた頃、水を飲みながらアルベルティーニが言った。
「そういえば、明日のことなんだが、、」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます