第12話 決着

 「皇帝陛下!!我が軍右翼、ボーメスニル軍団が後退、川の手前まで押し戻されました!!!」

 本陣で指揮を執るエフェメールの元に伝令が駆け込んできた。


 「ボーメスニル軍団は、そのまま南方に後退せよ。」

 

 「はっ。」

 

 「まあ、ウジェーヌなら私の指示を聞くまでもなく完璧な指揮をとってくれるだろうがな。」


 エフェメールはウジェーヌ=ド=ボーメスニルからの使者を速やかに送り返すと、側近の武官を呼びつけた。そして地図を指し示しながら指示を下す。


 「ラマルト師団は攻撃位置を北方に移し、セルヴェ師団をラマルト師団の南方に配置し、同時に渡河攻撃を行う。いいな。」


 指示を受けた武官は各将軍の元に伝令に走った。

 「そろそろ私も行くか。」

 エフェメールは立ち上がり、指揮所を後にした。


 

 

 「我が軍左翼は敵軍を敗走させましてござりまする!」

  ほぼ同時にカッケルラーク本陣にもボーメスニル軍団が後退した報せが入ってきていた。


 「そのまま、追撃し、戦果拡大を図れ!」

 「はっ!!」


 「ここは、慎重を期した方が良いかと存じます!」

 エスターライヒ参謀長がすかさずこれを静止する。

 「これは防衛戦であります。故に、積極的な前進は不要。河川に拠って防御に徹し、敵の攻勢限界が来るまで待ち、反撃するべきであります。」


 「いつまでも防御しておっても勝利は来ない!ここで敵の右翼を撃滅できれば敵軍の背後まで浸透し、包囲殲滅することが可能ではないか!今こそが反撃の機なのだ!」


 「逆に本陣が手薄になっては元も子もないではありませんか!」


 「現状、正面の戦闘では全く突破されてはないではないか!臆病風に吹かれたか?我が軍左翼に伝令せよ。敵軍右翼を追撃し、壊走させ次第、敵本陣の後方を脅かせ。」

 

 


 「ようやく俺たちの出番か。セルヴェ師団前進するぞ!」

 ラマルト師団、セルヴェ師団総勢60,000に及ぶ兵数が河川正面に展開を開始した。彼我の砲弾が飛び交う中、カファール軍は素晴らしい統率で展開した、その様は一つの巨大な黒い生き物のようだった。

 

 「行くぞ!全軍、突撃いいいいい!!!」

 セルヴェの号令のもとカファール軍正面は一斉前進を開始した。


 「横隊に展開せよ!」

 カファール軍がこれまでになく広正面に突撃を敢行してきた為、カッケルラーク軍は射撃の効果を高める為に横隊に展開し、戦闘正面を広く確保しようとする。これにより、カッケルラークは河川沿いに薄く、細長く展開することになった。


 「突っ込め、突っ込め!」

 ラマルトは先程までとは打って変わって鬼の形相で吶喊する。しかし、すかさずカッケルラーク軍の濃密な弾幕に捕らえられ、前進は鈍った。



 「はっはっは、何回やっても同じことよ!」

 カッケルラーク軍司令官はカファール軍の攻撃の失敗を確信する。


 「ふん、計算も無く突撃する阿呆がどこにあると言うだろうか?」

 セルヴェは士気が高まる敵軍を嘲笑しながら呟く。


 しかし、現状としてはカファール軍の正面が突破できる可能性はほとんどないと言ってよかった。戦場全体で見ても、右翼は撃退され、正面の攻勢も阻まれ、ジリ貧と言える状態に陥っていた。


 「くそう!しかし、損害が出すぎるな!」

 ラマルト師団、セルヴェ師団とも甚大な損害を受けつつ進む。


 「!!!!!!!」

 その時、北方、カッケルラーク軍最右翼が側面を託していた山の方から、にわかに歓声があがった。

 

 「はっはっはっっは!!!カッケルラークのマヌケどもめ!!!ジョアシャン=メシエがやってきたぞーーー!!!!カファールの同胞たちよ、行くぞ!うるああああああ!!!!!!!!!!!!」

 

 一斉射撃の筒音とともにカファール軍がカッケルラーク軍最右翼の側背をついた。


 「総司令官!!!!我が軍右翼側面に敵軍が出没しました!!」


 「なんだと!??何故、何故だ!???どこから敵が湧いてきたのだ!」

 総司令官は机を蹴り飛ばした。



 二時間ほど前、ボーメスニルが前進を始めたのと同じ頃に話はさかのぼる。カファールの本陣にカファール空軍総司令官ジョアシャン=メシエ大将が呼び出されていた。


 「メシエよ。空軍を用いた攻撃を考えているが、どうか?」


 「やれと言われればやりますが、しかし、このような状況で正面切って突撃しても多分無駄死にするだけですぜ。」


 「それよ、正面切らなければ良いのだ。」

 

 「と、言いますと?」


 「河川は北方では深く、流れも速く、歩兵を以って渡河するのは不可能だ。故に、敵もここからの攻撃は無いと信じ切っている。そこを突くのだ。」


 「しかし、敵も空軍の存在を忘れるほどの馬鹿ではありますまい。おそらく、空軍を防ぐための歩兵を一定数配置してくるでしょう。」


 「そこでだ。お主ら空軍は戦うのよ。」

 

 「!!!」


 「北方の戦闘から離れた地点で密かに飛んで渡河し、そこからは森の中を徒歩で移動し、敵の側面を突く。これなら、銃を装備してゆくことも出来、火力は不足せんだろう。」


 「なるほど!さすが皇帝!凄いアイデアでござるな!早速、やって来ますぞ!陛下はそこでゆっくりくつろぎながら勝利の報せをお待ちくだされ!!」


 メシエは空軍のうち5,000を抽出し、北方の川岸に集結させた。川の岸は大きな岩が転がっており、流れは急であった。しかし、川幅は20メートル弱と言ったところで飛べば造作もなく渡河出来そうだ。

 まず、数名が飛んで対岸に渡り、大きめの木にロープを結び、両岸をつなぎ、ロープウェイの要領で銃を送った。部隊は逐一渡河し、銃を手に取ると、道無き山中を突き進んだ。これ程の大軍でこうした進軍をしたため、当然ながら行軍にはかなりの時間がかかり、戦場に突くまで二時間弱がかかってしまった。これもエフェメールの計算のうちではあったが。


 

 「打てーーー!!!」

 メシエの下知のもとカファール軍は一斉射撃を加える。細く伸び切っていたカッケルラークの右翼はすぐに崩れた。


 「背後に抜けるぞーー!!我に続けーーー!!!!」

メシエは、速やかに敵の背後に回り込む。



 「軽歩兵を反撃に向かわせよ!!」

 カッケルラークの総司令官は叫ぶ。

 「右翼の軽歩兵は抽出し、左翼の追撃に参加しております。完全に計られました!」

 

 「くっ。ちくしょう!」


 「退却の指示を。」

 エスターライヒは消沈した様子で総司令官に献策した。

 「斯くなる上は、致し方なし。引くぞ。」


 メシエ率いる別働隊は、敵軍右翼後方深くまで浸透し、敵右翼は完全に混乱に陥った。すかさずラマルト師団は突進し、川を渡りきり、敵最前戦の戦列歩兵との間の白兵戦になったが、挟撃される形となったカッケルラーク軍はすぐさま壊滅した。一方、正面の戦域で戦うセルヴェ師団は未だ敵を突破できずにいた。


 

 「メシエはああ言っていたが、この戦を決めるのは、やはり私で無くてはならぬ。」

 エフェメールはこう呟くと、本陣を固める50,000に及ぶ兵に告げた。


 「この戦、勝ちは見えた。あとは我が友よ、お主らの働きにかかっている。カファールの人民のために、自由のために、いざ、進め!全軍我に続け!!!!」

 エフェメールが直接指揮する近衛軍団はセルヴェ師団のさらに南方に向かって突進した。

 ボーメスニル軍団を追撃しに向かった敵軍左翼と、中央の部隊との間に間隙が出来ていた。その隙間に50,000の兵力が殺到し、カッケルラーク軍を完全に切断した。


 「ふん、愚かな方々ですね。全軍反転、反撃に移りますよ!!!」

 ボーメスニルの巧みな指揮で、敵軍の追撃をかわし、南に引き付けていたボーメスニル軍団はエフェメール軍が敵軍を分断したのを確認すると反撃に移った。

 こうして、カファール本陣の包囲を目指したカッケルラーク軍左翼は逆に完全包囲されてしまった。

 

 「全軍、足を止めるな!」

 エフェメールは最前線で指揮をとり、進撃の手を緩めない。エフェメール軍団はそのまま敵中央軍の側背へ突進し、鎧袖一触に崩壊させた。


 「突っ込め!!!!」

 セルヴェ師団も、この隙を逃さず渡河を完了する。左翼はメシエが、右翼はエフェメールが包囲する形勢が完成し、カッケルラーク軍は完全包囲され、総崩れとなった。多くの部隊が壊滅し、また多くの部隊が降伏した。

 こうして、マントヴァの会戦は1日のうちに決着した。

 全軍の半数以上に上る死傷者を出したカッケルラーク陸軍は再起不能の状態に陥った。



 くそ!完全に戦略で負けていた。あの男、何という戦略眼を持っているんだ!?

 エスターライヒは少数の護衛とともに敗走していた。カッケルラーク軍は完全に指揮系統が崩壊し、散り散りに敗走するのがやっとだった。エスターライヒは自分の立案した作戦が全て見透かされ、逆に利用され、敗れた屈辱を身に沁みるように味わった。

 

「いつか、必ずや、この恨みを果たしてやる。」

エスターライヒは決意に満ちた眼差しで空を睨みつけた。



 カッケルラーク軍はもはや組織的な抵抗はできず、カファール軍は速やかにカッケルラーク領を侵し、一週間のうちに帝都ヴィエンナに至った。

 ルキフィガ暦1800年1月、カッケルラーク二重君主国はカファール帝国に降伏した。

 

 

 



 

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