第11話 マントヴァ会戦

 皇帝エフェメール=ボナパローテの号令の下にカファール帝国軍は進撃を続け、カッケルラークとの国境近くに至っていた。その数は15万ほどになっていた。兵士たちの士気は高い。堂々とした足取りで進んでゆく。

 エフェメールは高級将校を招集した。


 「斥候からの情報によると敵軍の兵力は我々とほぼ互角だ。その上、敵は河川に拠って防御に徹してくるだろう。諸君、これより展開する作戦は何よりも速度の勝負だ。一分一秒の損失こそが最大の的だと心得よ。」


 「はっ!!」

 緊張感と高揚感が将軍たちの間にみなぎる。

 

 「ウジェーヌ!貴様は近衛歩兵師団を率い本陣たる丘陵を確保せよ。」

 

 「はっ!」


 「ラマルト!貴様は第一戦列歩兵師団及び、第三擲弾兵旅団を以ってして前衛として河川正面に布陣せよ、」


 エフェメールは将軍たちに次々と下知を飛ばしていく。しかし、その内容は決して詳細と言えるものではない。時事刻々と変わる戦場において、計画通りに事が進むことなど無いということをこの歴戦の武将は誰よりも知っている。故に、臨機応変な対応を各将軍に委ねているのである。その後もエフェメールは次々と下知を飛ばし、すべての将軍に行き届いた。


 「では、これより作戦を発動する。各員奮闘努力せよ。」


 「はっ!!」

 将軍たちは本陣の天幕を出で、各々の持ち場に戻った。

 時刻が正午を過ぎた頃に、カファール帝国軍はマントヴァの地に布陣を完了した。河川を挟んだ向こうではカッケルラーク軍が待ち構えている。

 

 マントヴァは中央を大きな川が流れている。北の山地に端を発するこの川はマントヴァにて大きく東に迂回し南に流れて行く。河川のカーブの内側にカファール軍は布陣しており、反対側に敵軍が布陣している。カファール軍は前衛にジャン=ラマルト元帥率いる師団が、その後方の抑えとしてルイ=ニコラ=セルヴェ元帥率いる師団が、そしてその後方の丘陵上にエフェメール自ら率いる本陣があり、四万程の兵力で固めており、大砲も設置された。川はラマルト師団が布陣する部分が最も幅広くなっており、50メートル近くの幅があった。


 「全軍、撃ち方用意!!」

 ラマルト指揮下の約三万の歩兵が一斉に弾を込めた。

 「てー〜ーーー!!!!!」

 号令と共に一斉に発砲が為され、辺りは轟音と硝煙で満ち溢れた。

 

 「全軍前進!!!一気に渡河せよ!!」

 ラマルト師団は一斉に渡河を開始した。カッケルラーク軍もすかさず一斉射撃を加えてくる。カファール軍は支援砲撃を加えるが、河川は深く渡河は思うように進まない。

 

 「はっはっは、馬鹿め!最も深いところを渡って来おったわ!カファール軍は口程にもないな!」

 カッケルラークの本陣では総司令官が嬉々として戦況を見る。

 「大将は、数日前に我々とサヴォッリアの連合軍が彼奴に惨敗したのをもうお忘れですか?油断は禁物です。」

 総司令官のそばに控える参謀は冷静に戦況を見る。カッケルラークの戦列歩兵の一斉射撃によってカファール軍の渡河中の兵士が次々と倒れてゆく。


 「では、エスターライヒ参謀長は如何様にお考えか?」


 「恐らく、これは陽動でありましょう。我らの戦力をここに釘づけにする為に本陣の目の前で渡河をする。恐らく、機動力のある別働隊が南方に奇襲を掛け、我が軍の左翼後方に回り込み、包囲しようという作戦でしょう。」


 「なるほど。確かに、言われてみれば、そうであるな。では、速やかに左翼の部隊を南側に移動させ、迎撃態勢をとろうではないか。」


 「いえ、左翼を引き離すと中央の部隊との間に楔を打ち込まれ兼ねません。右翼後方の機動力豊かな軽師団を引き抜き南方の守備にあたらせましょう。」

 エスターライヒ参謀長が総司令官に献策する。


 「それでは右翼の守りは薄くならんのか?」


 「北方は川幅こそあまり広くはありませんが、水深は深く、徒歩で渡るのは不可能です。来るなら航空部隊によってしか不可能でしょう。しかし、今日は天気も晴朗で視界も良好でありますので、戦列歩兵さえ置いておけば航空隊も恐るるに足りません。」

 飛行中は不安定である為、銃が使えず、攻撃は急降下しての打撃に依っている。加えて、航空兵の装備は薄く、防御力は極めて脆弱な為、視界が良好な日は十分に接近する前に歩兵の射撃で簡単に撃墜されてしまう。航空部隊は高い機動力と打撃力を持つ一方で非常に脆い兵科なのである。


 「成る程。では、そうしよう。すぐに移動を開始させよ!」

 「はっ!」


 

 ラマルト師団は河川を渡りきれず、カッケルラーク軍の凄まじい銃弾によって完全に前進の足を止められていた。


 「いや、やはり航空支援なしの渡河はキツい。キツすぎる!これ以上の損害は危うい。一旦、引くぞ!」

 

 ラマルト師団は自陣側の岸に戻り、戦列を立て直して待機した。

 そこからは川を挟んでの射撃の応酬になった。これほど距離が有れば、ほとんど損害はないが、砲撃は危険である。彼我共に数多くの兵が負傷したが、ゴキブリはそう簡単に死なないので、人間より損害は少なかった。

 その後も適当に幾度か渡河を試みたものの、成功することはなかった。


 「いくら陽動とはいえ損害出しすぎたな。こりゃ。迫真の演技ではあったよな。ははは。」

 

 ラマルトはその後も敵中陣の注意を引きつけ続けた。


 その頃、岡上ではエフェメールが戦況を見渡し、次の一手を指すタイミングを虎視眈々と狙っていた。

 「そろそろ頃合いか?ウジェーヌを前進させよ。」

 エフェメールが眼下の戦場から目を話すことなく指示する。


 まもなく、本陣からの伝令が、皇帝からの信頼の一際厚いウジェーヌ=ド=ボーメスニル元帥のもとに届いた。

 「前進の命令が下りましたか?それでは行きましょう。ボーメスニル軍団前進!!」


 丘陵の背後に姿を隠していたボーメスニル麾下4万の軍団は、南方の浅瀬に向かって全速力でもって突進を開始した。まもなく川を渡り切るというところで敵の反撃に直面した。


 「お主らがこちらから奇襲を仕掛けて来ることなど読めておるわ!!」

 カッケルラーク軍の右翼から抽出した迎撃部隊がボーメスニル軍団とほぼ同数の兵力を以って迎撃態勢を整えていたのであった。カッケルラーク軍は一斉射撃を加えて来た。


 「なんだと!?」

 完全に奇襲をかけたつもりであったカファール軍は面食らった。


 「怯むな!進め!進め!兵力は伯仲している!突進の勢いを生かして突きくずしましょう!」

 ボーメスニル自らが最前線に立ち、兵士を鼓舞した。カファール軍はカッケルラーク軍の隊列に突撃を敢行し、戦闘は凄まじい白兵戦になった。


 「ふん!これでも喰らい給え!!」

 ボーメスニルは指揮刀を抜き、敵兵を斬りまくった。カファール軍の歩兵は勇敢にも一斉射撃を加えて来る敵の隊列に対して銃剣突撃を敢行する。戦場はすぐに彼我の死体と、あの特有の白い体液で塗れた。戦線は膠着状態となったが、両軍の損害は増すばかりであったが、次第にカファール軍が優勢になってきた。



 「総司令官閣下!我が軍最左翼に敵が突貫してまいりました!」

 カッケルラーク軍本陣に伝令が駆け込んで来る。


 「ふむ。予想通りでないか。して、状況はどうか?」

 総司令官は手柄顔で尋ねる。


 「それが、、、我が軍の劣勢で御座います!」


 「なんだと!?」

 総司令官と参謀長が声を合わせて怒鳴った。すぐさま参謀長エスターライヒが問う。

「敵の兵力は?」

 

「四万近くおります。」


「四万!なんだと!?奇襲部隊を過小評価しすぎたか!」

 エスターライヒは冷静に考えを巡らす。

 

「参謀長、どうするかね?軽師団だけでは数的同数でも火力に劣るからこのままだと突破されてしまうだろう。」


「しかし、敵が策していた奇襲の効果は打ち消すことが出来たことに加え、進撃の速度を止めることが出来たので戦線は現状を維持し、防御戦闘に徹し、敵の攻勢限界を待つのが良策かと存じます。」

 

「しかし、万が一にも敵が防衛を突破し、左翼後方を脅かしたならどうしようもないではないか!斯くなる上は左翼の戦列歩兵の一部を抽出して迎撃にあてるべきだ!」


「た、確かに、そちらの方がリスクは少ないかもしれません。、、、」


 結局、総司令官がエスターライヒの意見を押し切る形で指示を下した。



 カファール軍の最右翼ではボーメスニル軍がいまだに突進を続けていた。カファール軍の勇猛さを遺憾なく見せつけていたが、すでに5,000近くの損害を被っていた。その時、ボーメスニル軍とカファール軍本軍との連絡を切断する形でカッケルラークの戦列歩兵約2万が逆上陸を開始した。


 「まずいですね!これは、退路を断たれてしまう!全軍、速やかに後退!」

 ボーメスニルは最後尾で敵に度々痛撃を喰らわしながら見事な手際で撤退し、包囲は免れた。


 

 「はっはっは、これで振り出しに戻ったではないか!どうじゃエスターライヒ参謀長よ!」

 自らが立案した左翼からの抽出兵力を以ってしての迎撃が図に当たり、総司令官は満足気である。

 「お見事で御座いました。」

 エスターライヒは悔しい感じもしたが、第一はホッとしたという感じだった。何はともあれカファール軍の奇襲による包囲を阻止することに成功したのだ。これは、戦闘に勝利したと言っても過言ではないだろう。


 

 一方、川を挟んだ向こうの丘の上では、カファール皇帝エフェメール=ボナパローテが不敵な笑みを浮かべていた。

 


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