第10話 進撃のカファール帝国

 サヴォッリア王国の一行は無事にゼノヴァの港から出港し、サヴォッリア島へ向けて帆を進めていた。船は港から遠く離れて行く。空は次第に白み初めていた。

 主要な家臣たちは国王とともに船室の中で今後のことについての会議を重ねている。宗次郎たちは彼らから言わせれば正に、どこの馬の骨ともつかない連中であるから当然、会議に参加することはできず、その他の兵とともに、甲板で待機していた。

 

 「おい、さっきの見たか?何なんだ、あいつらは?バケモノか?」

 「やめろよ、俺たちを助けてくれた見方だろ!まあ、正体不明だがな。」


 周囲の兵士たちは、ひそひそ話しをしながら宗次郎たちの方を見てくる。こちらの世界にきて多くのゴキブリと触れ合ってからは、ずっとこんな調子だったのだが、異世界にワープしたり、先の戦闘で圧倒的な強さを見せたりと、とんでもないスーパー技を連発してからは、余計に疑念を生じさせたようだ。三人は黙って壁に寄りかかって座っている。

 宗次郎は流石に居心地の悪さを感じたが、こいつらは所詮ゴキブリだ。と思った瞬間に屁でもないように感じられたし、バケモノみたいな連中からバケモノ呼ばわりされるのも何だか滑稽に感じられた。

 兵士たちが宗次郎たちから一定の距離を保っているそんな中、一人の男(ゴキブリの雄個体)だけが、なんの躊躇もなく宗次郎の元に歩み寄ってきた。


 「秋山殿、とおっしゃいましたか?先ほどの戦では、貴殿のお陰で命拾いし申した!いやはや、それがし貴殿らの見事な戦いぶりに実に感服致した!」

 

 航空部隊を率いていたイタロ=バルディ中将であった。


 「滅相もありません。バルディ中将の戦ぶりこそ、凄まじいものでありまし た。こうして無事に出港できたのも、ひとえに中将の勇戦のお陰かと存じます。」


 宗次郎は慇懃に答える。


 「はっはっはっは、勿体無きお言葉だ!そなたらが何者なのかは皆目見当もつかぬが、国王の為にあれほど危険を顧みずに戦う姿を見せられれば、信じざるを得ないと言うもんです。今後とも、よろしくお願い致す。」


 にこやかにこう述べると、バルディは船室に入っていった。


 宗次郎はバルディから思わぬ好意を向けられ、何だか嬉しい気分になってきて色々な問題をすっかり忘れてしまっていた。


 

 「もう、朝ですね」

 唐突に、五郎八が呟いた。

 「ああ!!!」

 愛衣が狼狽した様子で絶叫する。

 「会社に行かないと!」

 

 「あ。確かに、2日連続でサボりは流石にまずいですね。」

 宗次郎は会社のことなどすっかり忘れていたが、急に冷静になり日常に引き戻された感じがした。


 「どうします?一旦、帰りますか?」

五郎八が提案する。

 

 「そんな、簡単に帰れるのか?」

 「さっき、ちゃんとこっちに戻ってこれたじゃないですか!なぜ成功したかと言うとそれは、原理が正しかったからです。原理が正しいと証明された以上、失敗することはないのです。これが科学です!」


 「お、おう、、そうか。なんか、スゲえこと言ってる気がするけど、まあ、お前がそう言うのならそうなんだろうな。」


 「九戸先輩もいいですか?」

 

 「うん。お腹もすいたし。」

 

 「なるほど、、、」


 「まあ、サヴォッリアも一時は平和だろうから、こっちの世界にいなくてもなんとかなるだろう。とりあえず、アルベルティーニに報告してくるわ。」

 

 宗次郎は会議が開かれている船室に向かった。小さくノックをし、ドアを開ける。


 「失礼いたします。秋山です。」

 宗次郎は深々と礼をする。


 「己!!崇高なる御前会議に出席できる立場ではなかろうが!身の程をわきまえよ!」

 ピエトロ=バデリオ元帥が怒鳴り散らす。

 「そうだ!ちょっと活躍したからと言って、すぐ調子に乗りおって!」

 宰相のジュゼッペ=ベンソが同調する。


 「はははは、元帥閣下と宰相殿の意見が一致するとは、珍しゅうございますな!して、秋山殿。どうなさいましたか?」

 ディ=ナターレがにこやかに助け舟を渡してくれた。


 「我々、人間三人組は、しばし自らの世界に帰りたく存じます。」

 

 「しばし、と言うことは、また戻って来て頂けるのですね?」

 

 「ええ。」


 「確かに、当分は我が国も静かにしておくしかないだろうから戦場であなた方のお手を煩わすこともないでしょうな。」


 「宗次郎くんよ。いつ帰って来てくれるのだ?」

 アルベルティーニはやや焦った様子で宗次郎に尋ねる。


 「この装置を使えばいつ何時でも俺たちの世界に来れる。何かあったらこれで呼びに来てくれ。あと、この装置があるところにワープするから、いい感じのところに置いといてくれれば暇な時に行くよ。」

 宗次郎はワープ装置を示しながら言った。


 「むむ。そう気軽に行き来できるものなのだな!?では、その時は宜しく頼む。」

 

 「ああ。皆さんの武運長久をお祈りしますよ。では、これにて。」

 宗次郎がドアを開けようとしたその時、一人の将校が慌ただしく入って来た。宗次郎は入れ替わるように部屋を出て、二人のところにゆきゲートを展開し、二人とともに元の世界へと帰って行った。

 

 「た、ただいま戻りました!!」

 「御苦労。して、どうであったか?」

 アルベルティーニが息切らしながら入って来た将校に問う。この将校はカファール帝国に降伏文書を提出しに向かった者であった。長距離の飛行をして船までたどり着いたところだ。


 「カファール帝国は我が軍の降伏を受諾し、無期限の休戦に合意しました。そして、サヴォッリアの旧領を速やかに占領した模様です。」


 「なるほど。カファールと休戦できたとは、首の皮一枚つながったという所か。」

 バデリオが呟く。

 「しかし、安心するのはまだ早いでしょう。今、カファールの関心は東に集中している。1秒でも早く後顧の憂いを断つために、交渉もなしに我々の降伏を受諾したのでしょう。無期限の休戦など、いつ何時破られてもおかしくありませんからね。」

 ディ=ナターレが地図を睨みながら述べる。


 「確かに、その通りである。いずれにせよ我が軍は早急に体制を立て直す必要があるでしょう。」

 アルベルティーニが付け加える。


 「それにしても、今回の戦争のカファール軍は強い。それに進撃の速さも尋常ではない。、、、」

 ディ=ナターレは考え込んでしまった。この調子で、会議は特に得るものもなく続いて行った。



 大陸の空は広い。どこまでも青く澄み渡っている。左手には山脈が伸び、空を遮っている。何も阻むものがない眼下の街道を大軍が進軍する。


 「ふう。この辺で一時休憩としようかな。」

 ひときわ壮麗な出で立ちをした軍人が側近に告げると、すぐさま幾人かの高級将校が駆け寄って来た。


 「皇帝陛下!あと二日程でカッケルラーク国境までたどり着く模様です!」

 「ラマルトか。敵が近寄っている気配はないか?」

 「斥候からはそのような情報はなく、敵兵は領内まで後退したようです。」

 「そうか。、、、」


 皇帝と呼ばれた男は返事をしながら中空を睨みつける。しかし、その脳は冷静にフル回転していた。その時、皇帝のすぐそばに一人の男が舞い降りた。そして着陸するや皇帝に報告する。


 「皇帝陛下!ただいまサヴォッリア王国の大陸領全土の占領を完遂し、我らが空軍全軍がこちらの前線に集結いたしました!次の戦では是非とも我らに先陣を!!」

 「メシエか、大義であった。」

 その瞬間、皇帝は頭の中のすべてのピースがハマったような、確信に満ち溢れた顔に変わった。

 

 「ラマルト、メシエ。これから数日の我々の戦は歴史を造る戦になるだろう!われわれカファール帝国の栄光を、そして皇帝エフェメール=ボナパローテの名を未来永劫に渡って歴史に刻み込むことになるのだ!我が友たちよ良いか!我々の行方を塞ごうとするものの名の記される歴史などないのだ!」

 

 皇帝エフェメールの宣言は一瞬にして空気を飲み込んだ。


「カファール帝国万歳!皇帝陛下万歳!」

 ジャン=ラマルト元帥とジョアシャン=メシエ空軍大将は敬礼と共に叫ぶ。すぐ様周囲にも伝播し、戦意は高まる。あたり一面にカファールの軍歌が轟いた。休憩はわずか数分で終了したが、もはやカファール全軍から疲労は消え去っていた。


 エフェメールは全軍の先頭に進み抜刀し、軍の進む方角を指し示す。

 「アルプスの山脈は我々の側面をあらゆる敵から守護し、曇りなき空は我らが空軍の進むべき道を指し示す!我らが何を恐れる必要があるだろうか?カファールの国民に仇なすものにこの皇帝が自ら裁きを加えるのである。お主らの刀は

が、銃が、お主らの鋼鉄の精神こそが振り下ろされる鉄槌なのである。なすべき事は一つである。全軍、前進!!」


 「うおおおおお!!!!!!!!」

 一面の怒号と共にカファール軍は進撃を再開した。

 



 



 


 

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