第9話 作戦発動

 異世界から宗次郎たちの住む世界への移送は首尾よく完了した。王族十数名と、文官幾ばくかが研究室で待機している。


 「ぬわっ!!なんだ!この化け物は!巨人だ!」

 宰相ベンソが中で整理をしている愛衣をみて絶叫した。どういうわけかこちらの世界に来ると人間とゴキブリのサイズ関係に戻るようだ。しかし、姿形はあまり変わらないようだ。

 

 「ちょっとお待ちくださいませ。今から、食べ物を持ってまいりますので!」

愛衣は国王はじめ王族に慇懃に述べ、自らのデスクに戻った。時計を見ると、深夜1時をまわったところであった。普段実験に使っている食材を適当に使って、簡単なスープを作った。お碗一杯分でも相当な炊き出しになりそうだ。無論、毒なしである。


 「ただ今、出来上がりました!」

 愛衣はお碗からピペットでスープを掬い、スライドガラスに滴下して提供した。勿論、毒なしである。


 「ほう、なかなか美味いのう。」

 ヴィットーリオ=スカラファッジオ2世が感心する。

 「なかなかどうして我々の味の好みを理解しておるな!」

 アルベルティーニも美味しそうに太鼓判をおす。


 「私たち、普段から貴方がたが、どんな食べ物をお好みかを研究しているんですもの。」

 愛衣は、にこにこ笑いながら言っているが、まさか「ゴキブリを大量毒殺するために研究してるんです。てへぺろ⭐︎!」などとは口が裂けても言えない。


 

「まあ、なんだかんだでこちらの方はいい感じだな。」

宗次郎が五郎八に話しかける。

「そうですね。あとは軍人さんたちの武運長久と、私が開発したゲートが上手く作動することを祈るだけですね。」


「まあ、大丈夫だろ。というか、お前のゲートが上手く開かない可能性ってあるのか?」

「アルベルティーニさんがこちらの世界に来たのは、全く偶然に繋がった世界がそこだったということです。そして、私たちが今朝行った時は、このゲートはアルベルティーニさんがこっちに飛んだところに戻しただけなのです。なので、全く未知の場所に狙ってぶっ飛ばした事はないのです。」

「!!そうか!、、、って、ヤバくね?それ。」

「まあ、私は天才なので多分大丈夫ですよ。」

五郎八は、人類至上稀に見るドヤ顔で宗次郎を見上げて来た。



 一方、ゼノヴァ上空では先発した航空部隊が敵に発見される事なく市街地上空を通過、港湾に至らんとしていた。先の戦闘で兵員を減らしているため、規模は十数名に過ぎない。夜の暗闇の中を影のように進んでゆく。

 ゼノヴァの港は、かつて同盟国であったサヴォッリアも貿易拠点として用いていた。つい数週間前までである。故に、サヴォッリアがかつて用いていた船があるはずである。航空部隊指揮官イタロ=バルディ中将は、速やかに船を発見した。


 「総員、降下用意せよ。」

 「はっ!!!!」

 「行くぞ!」


 バルディの指示の下、一斉に急降下を開始した。音もなく急降下すると、桟橋付近にいた見張りを一人、また一人と次々と両断し、クリアした。航空隊員は総員一言も発する事なく船に乗り込んだ。


 「神よ、我等を守り給え。」

 バルディはそう呟くと、五郎八から預かったデバイスを甲板におき、中央のボタンを押した。

 デバイスは無事起動し、ドアが立ち現れた。


 「よかった!」

 航空隊員は安堵した。

 「信号弾打てー!」

 バルディが後続部隊に居場所を告げる信号弾を打ち上げさせた。


 「来た!」

 研究室に、にわかにドアが現れたのを見て一同が沸き立った。

 「早く、装備を運びだそう!」

 宗次郎が装備を運ぶ。積み込みの時は苦労したが、こちらの世界ではゴキブリサイズなので、一人でも運べるくらいだった。ドアから放り出す形で装備を送り込んだ。

 「諸君!待たせたな!これでもう、勝ったも同然じゃ!」

 「アルベルティーニ大将!」

 アルベルティーニが先頭を切ってドアから飛び出し、バルディに挨拶をした。国王をはじめ、続々と船に乗り込んでゆく。あとは、後続部隊を待つばかりである。


 後続部隊も、ゼノヴァ市街上空に差し掛かっていた。こちらは、数百名の規模の大編隊である。

 「むっ!信号弾か!総員、前方あと少しで、目標地点だ!気を引き締めよ!あと数十分の辛抱じゃ!」

 バデリオ元帥が全軍に檄を飛ばす。

 

 「むむ、港が何やら騒がしくありませんか?」

 ディ=ナターレがバデリオに言う。確かに、深夜だと言うのに港に明るく篝火が焚かれている。

 「これは、まずいことになったかもしれませんね。」



 「この騒ぎは、何事か!」

 アルベルティーニが、バルディに問いかけた。

 「我らの動きが、敵に察知されたようです!後続部隊がこちらに到着するまであと15分ほどでしょうか、なんとか持ちこたえなくては!」

 「ちくしょう!なんたることだ!」


 「あそこだ!サヴォッリア兵どもが突破を図っておるぞ!阻止せよ!」

 ゼノヴァ兵が続々と集結して来た、三百余はいるだろう。


 「ここは、我々が!いくぞ!」

 バルディが再び航空隊を率いて飛び立った。今の所、敵の航空隊はいないようだ。急降下しては斬り込むという運動を繰り返す。しかし、歩兵の射撃に対して脆弱な武装の航空攻撃は極めて弱い。夜であるため、上空で待機しているときに撃たれる可能性は低いが、しかし、攻撃の効果は薄かった。

 「くそう、このままでは!敵が多すぎる、一旦船に戻るぞ!」

 バルディは冷静に判断し、このままの航空攻撃は無益だとした。


 「まずい、桟橋まで敵が迫っている!」

 アルベルティーニは、一人銃を取り、船上から射撃をはじめた。

 「くっ、私もサヴォッリアの男じゃ!」

 「宰相殿!」

 「私とて銃くらい扱えるわ!」

 宰相ジュセッペ=ベンソまでもが射撃に加わった。しかし、多勢に無勢であった。敵はじわじわと迫って来た。


 「五郎八、九戸先輩、俺たちも行こう!」

 「そうですね!」

 「うん!」

 「人間様の強さ!とくと見せてやるよ!」

人間三人組は颯爽と走り出し、船を飛び降り、桟橋に渡った。

 「宗次郎くん!早まるでない!」

 アルベルティーニらゴキブリ一同は人間たちの予想外の捨て身の吶喊に驚愕した。

 「心配すんな!アルベルティーニ!さあっゼノヴァ兵のゴキブリ野郎ども、人間の積年の恨み、食らいやがれ!!」

 宗次郎は、グレネードを敵軍の最中に投げ込んだ。グレネードは落下するやいなや煙を噴き出し、あたりは煙に包まれた。

 「なんだこの煙は、煙幕か!?む、うぐっ、ぐはっ」


 「おう、くん煙剤グレネードは効果抜群みたいだな!敵が混乱してる隙に斬り込むぞ!」

 「おう!」

 宗次郎は、熟練のスプレー二刀流で、次々と敵を仕留めていく。


 「これでも、食らいやがれです!」

 五郎八は拳銃にホウ酸団子を装填し、文字通り、食らわせて回った。


 「私が、長年の研究の結果導き出した、最も効果的なゴキブリを殺す方法って何だかわかる?」

 愛衣は敵兵に問いかけるなり、巨大な板で上からぶん殴った。

 「物理的に叩き潰すことよ。ウフフ。」

 微笑みながら、バシバシに叩き潰した。依然、辺りは煙に覆われている。三人はガスマスクをしているので平気なのである。その後も、白兵戦で次々と敵兵を打ち倒していった。

 「ひ、なんだ、こいつら!バケモノだ!」

 「とりあえず、煙幕の外までひけ!」

 ゼノヴァ兵は一旦、後退した。

 「煙幕が晴れ次第、突撃を敢行する。良いな!」

 ゼノヴァ軍は後方で立て直し、突撃の準備を整えた。じわじわと煙が晴れてくる。

 「よし、今だ!全軍前進!!!」

 「!!!!」


 「領土欲しさに目が眩み、長年の盟友を裏切り、大国に尻尾をふる軟弱者の末期をとくと教えてやる。精強なるサヴォッリアの兵士よ、彼の者らに裁きの鉄槌を与えよ!てっーーーーーーーー!!」

 煙が晴れて、ゼノヴァ兵の前に見えたものは、発砲準備を整えた数百のサヴォッリア近衛軍の隊列であった。宗次郎たちが時間を稼いでいる間に、戦闘準備を整えていた後続部隊であった。バデリオの号令のもと、サヴォッリア軍は斉射を行なった。ゼノヴァ兵はバタバタと倒れていった。

 「くそう!ひけ、ひけー!!」

 ゼノヴァ兵は、ほうほうの体で敗走した。サヴォッリア軍の完勝であった。


 もう、日も明るくなろうかという時間で、船は錨をあげた。サヴォッリアの国旗がマストにひるがえっていた。針路南にとり、全速で出航したのであった。

 

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