第8話 異世界亡命政府

 「我々は、サヴォッリア軍人は、我等が祖国の為に命を投げ打つ覚悟はできておるはずだ。我々は死ぬその時まで剣から手を離さぬのだ。斯くなる上は危険を承知の上で全員一つ所に吶喊し、敢闘すべし!」

 バデリオ元帥は抜刀し、天を指しながら宣言した。全軍に緊張感が張り詰める。

 

 「それは、なりませぬ。我々が何の為に都落ちしているのかをゆめゆめお忘れなきよう。名誉の討死がしたいのならば、王城で死んでおります。恥を忍んででも、我々は生き延び、王国を再興せねばなりませぬ!」

 

 アルベルティーニが、静寂を破り、怒鳴った。

 「私も同意です。我々の兵力は過少であり、非戦闘員も含んでおります。進軍速度も遅く、突破戦は困難を極めるでしょう。」

 ディ=ナターレが付け加えた。

 

 「では、我々に武器を捨てよというのか!?」

 バデリオが鬼の剣幕で怒鳴る。


 ゴキブリであるといえど、武装した状態では重過ぎる為、飛行することはできないのである。また、一般に着ている衣服や甲冑では羽を広げることができない為、特別な航空兵用の甲冑を着けないのならば、裸一貫でなくてはならないのである。これが如何に名誉を傷つけるかは想像に難くない。


 宗次郎たちは、少し離れたところで軍議を聞いていたが、もし飛行して逃げるという案が採用された場合、飛ぶことの出来ない自分達は置いていかれることを自覚していた。しかし、そちらの案の方が合理的であるということもまた理解していた。国王はじっと黙って一点を見つめている。


 「五郎八いろは、俺たちの世界に戻るゲートってどこでも開けるのか?」

 

 「開けますよ。それでどうするつもりです?ひょっとして、逃げるつもりですか?」


 「そうだ。逃げるんだよ。」

 

 「な!なんて無責任な!自分からやって来ておいてヤバくなったら逃げやがりますか!?」


 「待て!違う。俺たちだけ逃げるんじゃない!非戦闘員をまるっと俺たちの世界に連れて行って、サヴォッリア島に無事にたどり着いた時点でゲートを開いてもらうんだ!」

 

 「!!それは、ありかもです!まず......」

 


 その頃、軍議の方はいよいよ紛糾していた。バデリオを中心とした守旧派は自分達の案の危険さは承知しながらも、港において船を確保する時点において武力が必要であるから、この時点で武装解除する方が危険であると主張した。ディ=ナターレらは、航空隊によって船を確保しておき、港から若干離れた位置で乗り込む方策を提示したが、両者とも肝心な点での解決点を見出せないでいた。

 

 「我々、サヴォッリア軍はいつ何時でも前進することで勝利をつかんで来たのだ!敵を前にしておめおめと逃げられようか?」


 守旧派の勇ましい理論の方が、指示を集めつつあった。


 「ちょっと待ってください!」

 秋山宗次郎が、幕僚の間に割って入った。


 「何じゃお主は!?」

 一同が宗次郎を睨みつける。


 「もう一つ、私に策が御座います!何卒!」


 「貴様に用兵の何がわかるというのだ!」

 バデリオが怒鳴る。


 「用兵はわかりませんが、我が案は不必要な戦闘を避けるものであります。」


 「申してみよ!」

 バデリオを素早く制し、アルベルティーニが言った。


 「まず、最初に申し上げますが、私たちはこの世界とは異なる世界からやって来たものであります。」

 

 「何をたわけたことを!!」

 一部は激昂したが、ほとんどのものは失笑と言った感じか。


 「彼のいうことを信じ給え、我もその世界に言ったことがある。そして、その時、我を救ってくれた者こそ、この秋山宗次郎である!」

 

 一同の間に衝撃が走った。今まで、ただの訳のわからない連中だと思っていた連中が陸軍随一の重鎮を救ったものだというのである。

 宗次郎は続けた。

 「率直に申し上げますと、国王陛下はじめ非戦闘員一同を我が世界にお逃がし致し、然るのちに安全にサヴォッリア島に送り届けるのです。また、歩兵装備も一旦輸送し、港に至った時点で再びこちらに戻せば、武装した状態で船に入ることもできましょう。」


 「なっ!そんなことが可能だというのか!?」

 守旧派一同は愕然としている。ディ=ナターレは狼狽した様子もなく、宗次郎に尋ねる。

 「いかようにして、そちらの世界に行けるというのかね?」


 「五郎八!説明してくれ!」

 「はい。」


五郎八が進み出て、デバイスを示す。

 「こちらの装置を起動しますと、向こう側のゲートが反応して、時空の間隙が生じます。つまり、こちら側の世界ではこの装置があるところにゲートが開きます。まあ、百聞は一見に如かずと言いますし、早速開きますね!」


 起動音とともにデバイスが開き、六角形に広がり中央からホログラムのように扉が立ち上がった。五郎八はてくてくとドアまで歩き、それを開いて見せた。あの研究室の中が見える。

 驚くべき光景を目の当たりにして、一同は狼狽を禁じ得なかった。ただ、三人(三匹と言った方が適切か?)を除いては。


 ディ=ナターレは秘書官を呼びつけ、歩兵装備の輸送計画の勘定を指示し、振り返ってバデリオに問いかけた。

 「これにおいて、我々両者の論の双方の欠点を補う案が出ました。この計画を推し進めるということでよろしいか?」


 「しかし、そちらの世界が安全かどうかの保証がどこにあるというのだ!?」


 「それは私、アルベルティーニ=ダ=スパルヴィエロがこの名にかけて保証致す。」

 「し、しかし!」


 「バデリオ、もうよかろう。」

 国王ヴィットーリオ=スカラファッジオ2世が割って入った。

 「これより、秋山とやらの具申した作戦を行うよう命じる。然るに、一同速やかに準備を整えよ!」

 国王の一声で、軍は再び一つに結束した。これほどの危機にあっても、この軍がなお強さを失わないのは、ひとえに国王のカリスマ故だろう。

 会議は速やかに進み、アルベルティーニと数名の護衛が国王に付き従って、人類側の世界に行くこと、イタロ=バルディ中将率いる航空隊が先発し港湾に橋頭堡を確保し、バルディがそこでデバイスを起動、歩兵装備を受け取り、バデリオ、ディ=ナターレらが率いる丸腰の後発部隊を収容するという手はずが定まった。

 「ささ、陛下こちらへ。」

 アルベルティーニが国王をゲートまで誘った。ゲートの中では愛衣がすでに受付の体制を確立していた。ゲートの入り口では五郎八が移送の指揮をとっている。宰相ジュゼッペ=ベンソは側近の文官たちとともに、移送品の記録に余念がなかった。こうして、前代未聞の異世界間輸送作戦『ウルトラ=ダイナモ作戦』が発動した。

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