第7話 逃避行
「これより、我々はサヴォッリア島に向けて撤退する。総員進軍開始!」
アルベルティーニは大声で号令した。
サヴォッリア軍は行進を開始した。近衛兵の偉丈夫ばかりではあるが如何ともしがたい寡兵であった。最早城内に敵兵は侵攻している。早く逃げねば国王の身柄も危うい。
王族と、その廷臣たちを取り囲むように近衛兵が隊列を組み、城門を出る。その歩みは速いが、決して統率が乱れることはない。
カファール兵が王都に殺到していた。最早守備兵が詰めていない城壁の上を隊列を組んでわらわらと飛来する。この光景は、いくらパラダイムを乗り越えてきたといっても宗次郎の目には正視に耐えないほどグロテスクに映った。
その時、サヴォッリア一行の頭上を黒い影が覆った。
「総員戦闘用意っ!!」
近衛兵たちが一斉に銃を構える。
頭上をうごめく黒い塊は一気に急降下してきた。100メートルほどの高度からトップスピードで降下してくる。その中にカファールの紋章が入った旗がひらめいた。
「きゃあああああ!、なにこれ!?」
愛衣が絶叫する。
「カファールの航空部隊の攻撃だ!非戦闘員は伏せよっ!」
アルベルティーニが怒鳴る。
「てっーーーーーーー!」
バルチェリーニ大佐の号令のもとサヴォッリア近衛兵が一斉に射撃を加えた。多くが命中し、数十名のカファール兵が墜落した。カファール航空隊は散り散りになり、再び高度を上げた。
やはりゴキブリなので飛行するのだ。いくら人間のように見えるからといっても飛ぶ様は、あのゴキブリそのままである。宗次郎は名状しがたい嫌悪感に包まれた。もっとも、五郎八と愛衣はゴキブリなど全く平気(むしろ好きかもしれない)なタイプなので、ゴキブリのキモさという点では応えていなそうだった。
再び、態勢を整えたカファール航空隊は急降下を開始した。
「何度来ても同じことよ!撃ち〜かた用意!」
敵兵が射程に入る頃合いを見計らってバルチェリーニ大佐が号令する。
「てっーーーーーーーー!」
「甘いぞ!サヴォッリアの弱卒めが!!」
カファール兵が叫んだ。
「なに!?」
一斉射撃のタイミングを外した第二波攻撃部隊がサヴォッリア兵の装填時間の隙をついて急降下した。
「まずい!」
「クソっ!陛下の周りを固めよ!」
アルベルティーニが叫ぶ。
「アルベルティーニ殿!ここは私に任せられよ!その代わり、陛下のお側をお頼み申す!」
素晴らしい体躯の見るからに豪傑といった感じの将校が名乗りを上げた。
「バルディ中将!かたじけない!」
「さあ、わが友よ、我らサヴォッリア航空隊の強さを野蛮なる侵略者どもに見せつけてやろうでないか!」
イタロ=バルディ中将指揮下のサヴォッリア航空隊20騎ほどが緊急着陸する。カファール軍はその三倍はあろうか、国王がいる隊列の中央に向かって突っ込んでくる。
「カファールの尖兵どもよ!我らサヴォッリアの航空隊の強さを冥土の土産話にでもするといい!」
バルディは槍を抜くと、敵の隊列の中心に突入し、散々に突き散らした。配下の部隊も遅れじと突っ込む。サヴォッリア航空隊の急襲に浮き足立ったカファール軍は突入を停止した。
「サヴォッリア兵は寡兵なるぞ!素早く包囲しすりつぶせ!」
カファール軍は速やかにサヴォッリア航空隊を包囲した。
スピードを封じられたサヴォッリア航空隊はじわじわと追い詰められていく。超人的(ゴキブリなのでゴキブリらしいといえばゴキブリらしいのかもしれないが)な奮闘を見せるサヴォッリア航空隊ではあったが、衆寡敵せず一人、また一人と墜落してゆく。
「頃合いか!?ひけえ!」
バルディ中将は見事な指揮で包囲を突破し地上まで生還したが、部隊は半数ほどになっていた。
「バルディ殿、お見事な戦ぶりであった!」
「あとは任せましたぞ!」
「総員撃方用意!てっーーーーー!!!」
サヴォッリア航空隊の吶喊によって動きを止められたカファール軍にサヴォッリア兵の一斉射撃が加わり、カファール軍はさらなる損害を被った。
この攻撃が致命的となり、カファール軍は撤退した。あたりには墜落したカファール兵の死体が散らばっていた。
戦闘に勝利したとはいえ、少なからぬ犠牲者がサヴォッリアにも出た。しかし、流石に精強な戦士たちである。一切の動揺を見せない。人間三人と幾人かの王族のみがうろたえていた。
サヴォッリア一行は間も無くゼノヴァに向けての進撃を開始した。太陽は最早ほとんど沈みかけていたが、一行の後方にて炎上する王城の火が空を不気味に照らしていた。あと、数キロで敵国ゼノヴァ領に入ることになる。
「できる限り発見されぬように移動せねばなるまい。が、それがどこまで可能であろうか?」
アルベルティーニが他の重臣たちに問うた。
「ゼノヴァはカファールの侵攻に際して我が国との同盟を破棄しております故に、我ら戦闘員の域内通過は侵略行為と判定されましょう。」
若き文官風の男が述べる。
「そんなことは我々もわかっとるわい!我々は、だからどうやってバレずに通り過ぎるかを話し合っておるのじゃ。これは我ら武人の仕事じゃ。宰相殿は黙って、あの訳のわからん連中のお守りでもやっとれ!」
立派な髭をたくわえた感じの老将軍が怒鳴り散らしながら、宗次郎らを指差す。同時に若き宰相も宗次郎らに目を向けると明らかに激昂した。
「なんですと!?私ジュゼッペ=ベンソ、このサヴォッリア王国の宰相なるぞ!それに対して何たる物言いか!?」
「まあまあ、元帥閣下、宰相閣下も落ち着きなされ。」
いかにもクールキャラといった感じの男が額を突き合わせて睨み合う二人を諌める。
「これは失礼。」
宰相ジュゼッペ=ベンソは速やかに冷静になった。
「兎にも角にも、我らは間道を抜けて出来る限り素早く突破するしかなかろうて。して、ディ=ナターレ大将はどう思うかね。」
老元帥はクールガイ−アルマンド=ディ=ナターレ大将−を睨めつけながら尋ねた。
「率直に申して、バレずに武装したまま通過することは、まず不可能でありましょうな。」
「なんじゃと?」
「その点に関してはディ=ナターレ大将に同意いたす。」
アルベルティーニが頷く。
「ゼノヴァは我々がカファールと戦闘状態に入った後にカファールと結び、我が国と断絶したのです。これは我々の領土を狙ってのことでしょう。おそらく想定されるルートは全てゼノヴァ軍が固めていて、サヴォッリアに対する宣戦の口実を狙っておりましょう。」
「しかし、そうだとしたら何故宣戦する口実をわざわざ探す必要があるのじゃ?カファールと結んだ時点で一方的に宣戦すればよかったであろう?しかし現にゼノヴァは宣戦して来ておらん。これは、我々と敵対する気もないということじゃろう。」
老元帥は食い下がった。
「バデリオ元帥、その観測はちと楽観的すぎるかと存じます。ゼノヴァがカファールと結んだのは我が国にカファール軍が侵攻した時でありましたので我が軍の主力はまだ王都付近にありました。このタイミングでゼノヴァが参戦していれば、我が軍はカファール国境は遅滞に徹し、まず、兵力に劣ったゼノヴァを叩いていたでしょう。彼らも自らの兵力的劣勢を自覚していた故に、出てこなかったのでしょう。そして、カファールの進撃が想定以上に速かった。我らが王都は最早カファールの手に落ちました。カファールが占領した地域に進撃したならば、カファールに刃向かうも同然です。これが、ゼノヴァが能動的に宣戦できない理由です。おそらくゼノヴァはサヴォッリアに侵攻する口実を血眼で探しておりましょう。」
ディ=ナターレは理路整然と説いた。
「ふむう....。しかし、間道を通れば!わしは長年の経験から複数の間道を知っておる!」
老元帥バデリオは、なおも自論を曲げない。
「我々が知っておるような間道は、当然ゼノヴァも知っています。ひとつも漏らすことなく封鎖しているでしょう。」
「くっ!では、どうすれば良いというのじゃ?」
一同の注目がディ=ナターレの元に注がれた。
「我々が取りうる選択肢は、たった二つです。一つは戦闘によって敵軍を排除する強行突破、もう一つは完全に武装解除し、一切の荷物を放棄し、夜闇にまぎれてゼノヴァ上空を密かに飛行し、港に至るというものです。どちらにしますか?総司令官元帥閣下?」
ディ=ナターレは微笑を浮かべて、バデリオを見据えた。
「か、かくなる場合は!......」
全員が息を飲んだ。
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