第4話 Avanti!

 「いいから、早く詳細な説明をしやがれです。」

 「五郎八ちゃん?」

 「い、五郎八!?なんで、ここにいるんだ!?」

 「先輩達がいちゃつくので変なことしないように監視してたのです。と言うのは嘘で、そんなことはどうでもよかので、早く先輩が設置したトラップがどうなったのか説明を!」

  どうして、こいつはこんなに躍起になっているのだろうか?でも、俺が異世界の話を切り出した瞬間出てきたってことは、その点は理解してくれるのではないだろうか。

 「まあ、要約すると九戸先輩がくれた罠を設置したら、異世界から喋るゴキブリがやってきたと言うことだ。」

 「喋るろーちゃん!?可愛かったですか?」

 「キモいに決まってんだろ!と言うか言動とかおっさんっぽかったぞ。」

 「なるほど。もしよければ、明日会社に連れてきてもらえないですか?」

 珍しくキモいっつってもキレねえんだな。

 「まあ、問題ないけど。」

 「ほんとですか!絶対ですよ!絶対!」

 「わかったわかった。」

 「じゃあ、私はこれで失礼します。二人でお楽しみやがれです。」

 「やめとけ!」

 五郎八はさっさと店を出て行った。店を出るとそこは賑やかな繁華街である。しかもいい時間なので、多くの楽しそうなサラリーマンが次の店を目指して歩き回っていた。五郎八は路地に入り込み、人気のないところで、携帯を取り出し電話をかけ始める。

 「博士。報告があります。試作品3671号が成功の可能性があります。明日、検証実験を行いますので、結果が出次第、追って報告します。」

 「本当かね!!ではこちらでも研究を進めておく。これは、とてつもないブレイクスルーになり得る研究だ、再び君と共に仕事ができる準備も整えておくよ。」

 「ありがとうございます!それでは今後ともよろしくお願いします。」

 五郎八は笑顔で携帯をしまうと、夜の街に消えて行った。


 田村五郎八の突然の出現によって宗次郎と愛衣の間には微妙な気まずさが漂っていた。

 「異世界って、真面目なの?」

 「まあ、一応真面目なつもりですけど....信じがたいことではあるんですけど。明日、本人、いや本ゴキを連れて行くので、その目で確かめてください。」

 愛衣は完全に困惑した様子だったが、その後も小一時間ほど酒を酌み交わし、解散となった。宗次郎は正直、五郎八の不審な態度が気になってしょうがなく、愛衣との会話には全く身が入らなかったのだった。それに、アルベルティーニがちゃんと留守番できているのかどうかも心配になってきてしまった。


 「それじゃ、明日もよろしくお願いします。」

 「うん、じゃあね」

 宗次郎は挨拶を交わすとすぐに駅に入って行った。

 

 「ただいま〜」

 宗次郎がドアを開けると部屋は特にいつもと変わらなかったが、電気がついていたと言う事実が、彼にアルベルティーニと同居していることを強く実感させた。

 「おう、遅かったな。とりあえず部屋の中にあったテクストは片っ端から読んだ。なかなか面白かったぞ。」

 「全部だと!たった一日でか!?」

 宗次郎はそれほど多くの本を持っているわけではないが、少なくとも100冊以上はあるだろう。しかも専門書の類が多いので、読むには相当時間がかかるはずだ。宗次郎は驚愕を禁じ得なかった。

 「我はもちろん速読術を身につけておる。この程度造作もない。して、こちらの世界でゴキブリは凄まじく嫌悪されておるようだな、お主らの並並ならぬ殺意が伝わってきたぞ。そういえば今日、その辺でこちらのゴキブリと接触したが、あれはどうしようもないな、お前らが殺したくなるのも理解できる程の野蛮さであったよ。」

 「そうか、お前の世界にはこんなゴキブリはいないのか?」

 「おらんな。お主らにとってのアウストラロピテクスとかみたいなやつだな。」

 「ほんとに隅々まで読んでるんだな。すげーよ。」

 「しかし、文言の意味は理解できてもパラダイムの違いからか全く意味不明なところもあったがな。しかし、実際にお主らの世界で暮らせば理解も深まるだろう。」

 「理解も深まるか。そうだ、明日はお前も会社に連れて行くから準備しとけ。」

 「本当か!?やったぜ。あ!そうだ、紙とインクをくれ。」

 「お、おう。」

 アルベルティーニは、その辺にあったクリップを持っていた刀で切断し、先端を細かく加工して、簡易ペンを作ると、それで、紙に色々と見たことのない文字で書き付け始めた。

 「全く凄まじく啓蒙されたゴキブリだこと。」

 二人はそれぞれ一通りの仕事をしてから寝た。


 朝、通勤ラッシュの電車はサラリーマンで溢れかえっている。そんな没個性の中の一人に宗次郎がいたが、彼には他の人々とは大きく違う点が一つだけあった(あるいは不幸にも同じ特徴を持った人が数人いたかもしれないが)。カバンにゴキブリを潜ませていることだった。個性とは一概に良いとはいえないのかもしれない。

 研究室に入ると珍しく五郎八が作業していた。

 「おう、五郎八おはよう。」

 「先輩おそいですよ!はやく見せろです。」

 「おう。アルベルティーニ出てきて良いぞ。」

 カバンを開けると颯爽とアルベルティーニが登場した。あのカサカサした感じではなくシュッとしていた。ビジュアルは相変わらずキモかったが。

 「初めまして、我はサヴォッリア王国陸軍アルベルティーニ=ダ=スパルヴィエロだ。君は秋山君の同僚か?」

 「そうです。田村五郎八です。よろしくです!」

 「お主はゴキブリが喋っていても驚かんのかね?」

 「もちろんです!いつかこんな日が来ることを夢見てたのです。」

 こいつら二人はすげー気が合いそうだな。

 二人が興奮気味に会話を交わしている模様を客観していた宗次郎の袖を九戸愛衣がつまんだ。

 「秋山くん。あれが昨日言っていたやつ?」

 「ええ。そうですよ。先輩も是非お話ししたらどうです?」

 「酒の席での戯言ではなかったのね。」

 愛衣はアルベルティーニに恐る恐る近づく。

 「あの、すいません。こんにちは。私、ここで働いている九戸愛衣と言うものです。」

 「ああ、どうもよろしく。」

 二人が話し始めると、五郎八は自分のブースに戻って、トラップの試作品を持ってきた。

 「秋山先輩。このトラップが九戸先輩が先輩に渡したものと同様のものです。これがアルベルティーニさんがこちらの世界に飛んできた元凶だと思われます。」

 「何!?どう言うことだ?説明してくれ!」

 「お三方とも聞いてください!」

 五郎八は真剣な顔になり、資料を示した。そこにいつもの子供っぽさは無かった。

 「私は実は、通常のトラップを作るかたわら、密かに特殊なトラップを作っていました。その資料がそれです。この計画は餌で罠におびき寄せたゴキブリを粘着で捕えるのではなく、異次元へ飛ばすというものでした。」

 「何!?」

 それは、ゴキブリ捕獲とかそう言うレベルじゃなくて、とんでもない物理学史上空前の大発見じゃないか!!こいつほんとに何者なんだよ!?

 「それを九戸先輩が誤って使用した結果こういうことになりました。しかし、その先が、ゴキブリが暮らす異世界だというのは全くの偶然としか言いようがあないです。先ほど、実験を行なったところ、確かに物質を異次元に転送することには成功しました。なので、アルベルティーニさん。これがあなたのいた世界と繋がっているか、確かめてきていただけませんか?」

 「もちろんだ!了解した。」

 「その辺にあった消しゴムを転送したので、それが目印です。」

 「ああ。わかった行って来る!」

 トラップに入っていくアルベルティーニは光景としては、まさに罠にはまるゴキブリそのものであったが、雰囲気としては宇宙船に乗り込んでゆく宇宙飛行士のようだった。

 トンネルを抜けるとそこは異世界だった。慣れ親しんだ山々。川の流れゆく音。まさにアルベルティーニが生まれ育った世界だった。すぐそばに消しゴムを発見したので、それを持って、すぐにトンネルに戻った。

 「間違いない!あそこは我がサヴォッリアの地だ!こんなに早く戻れるとは!田村どの、あなたには感謝してもしきれん!」

 興奮した模様でアルベルティーニは繰り返し五郎八に謝意を述べていた。確かに、いつ自分の世界に帰れるかもわからない状況に置かれて、しかも王国は亡国の危機に瀕している時だときたら不安は並一通りでは無かっただろう。

 「よかった!実験は成功ね、じゃあ、みんなこっちにきてください!」

 五郎八も世紀の大成功に興奮して頬を赤くしている。五郎八に導かれて、三人は普段近寄ったことのない部屋に入って行った。そこには数多くの実験器具が置かれていたが、部屋の真ん中に不自然に置かれたドアが存在感を放っていた。

 「これは!?」

 三人が固唾を飲んで見守る中で、五郎八は何やら機器をいじってドアを起動させた。

 「これはさっきのトラップの仕組みを応用して人間が入れるサイズに拡大したものです。では、皆さん行きますよ!」

 「え〜?私たち異世界にいくの?お仕事は?」

 愛衣は現実のあまりの急展開に狼狽している。

 「仕事なんてサボりましょうよ!そうですよね?秋山先輩!」

 「秋山くんよ、我とサヴォッリア王国に力を貸してくれんか。お主の力があれば国を立て直せるかもしれない!」

 二人の懇願を受け、宗次郎は異世界に行く決心をした。何よりも好奇心がそれを後押しした。

 「確かに、これほど世界間の連絡が確立してるんなら行っても問題なさそうだしな。アルベルティーニ!力を貸してやるよ。感謝しろよな!」

 「誠か!やはり持つべきものは良き朋友だな!かたじけない!」

 「九戸先輩、安心してください!なんか危険があったら僕が守りますから!」

 「ちょっと何言ってるかよくわからないけど、しょうがないわね!私も行くわ!」

 こうして、アルベルティーニは三人の人間を伴って、サヴォッリアの地に帰還した。ルキフィガ暦1800年のことであった。

 




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