第3話 ワームホール

 本当によくわからんことになったものだが、非常に興味深い。怖いもの見たさというかその手の興味を強烈に掻き立てられる。

 宗次郎は満員の通勤電車に揺られながら様々な思案をしていた。つい数時間前に突きつけられた現実は今まで全く体験したことのないほど未知なものであり、研究者としては、未知ほど興奮させられるものはないのである。この興奮はゴキブリに対する嫌悪感に勝るとも劣らないものであった。

 宗次郎は会社に着くと素早く白衣に着替え、研究室に入って行った。するとドアの音に反応して九戸愛衣がくるっと椅子ごと反転して、宗次郎を見上げる格好で尋ねてきた。

 「秋山くん!昨日大丈夫だった?」

 「はあ、ま、まあ前回に比べれば、多少はマシというか....ハハハ」

 喋るゴキブリが出ました。などと行ったら頭いかれたと思われちまう。

 「でも先輩、今回は粘着材つけ忘れたでしょ?だから多分、餌食った奴らはそのまま帰宅したんだと思いますよ。現行犯には断固とした対応をしましたけど。」

 「あら!粘着材までつけ忘れちゃうなんて、ほんとにごめんね!」

 本当に申し訳なさそうな様子でぺこぺこ謝ってくる。その必死に謝る様がなんだか可愛らしかったので、この事件の本質を忘れそうになってしまった。

 九戸先輩が作った捕獲罠が何らかの作用を持ち、それが異世界との扉を生み出し、そこに異世界からやってきたアルベルティーニが入ってきた。あの罠がどのような原理でワームホールになったのか?この問いが最大の問題である。

 「ところで、先輩。昨日の罠の餌の素材を教えてもらえませんか?」

 「う、うん。急に真面目な顔してどうしたの?」

 「いえ、何でもないんです。ちょっと、気になることがありまして...」  

 「ここに、素材と調合の仕方は記録してあるわ。」

 「ありがとうございます。」

 「あ!そういえば、今日お仕事終わった後ひま?」

 「...は、はい暇ですけど?」

 「じゃあ、ご飯でも行きましょう?」

 「し、しょうがないですね〜。まあいいですけど。」

 嬉しさは並一通りではなかったが、それを表に見せないところが男らしさなんやで。

 上機嫌でデスクに向かった宗次郎であった。が、しかし重大な研究を為さねばならぬ。宗次郎は早速、データを元に餌の再現に取り掛かった。

 

 「九戸せんぱ〜い。また、秋山先輩とイチャイチャしてやがったですか?」

 「い、五郎八ちゃん!?そんなイチャイチャなんかしてないわよ!」

 「そうですか、まあ、そんなことはどうでもいいのです。おととい私が作ったトラップが一つなくなっちゃったのですけど、先輩、心当たりないですか?」

 「え?う〜ん、あ!あの辺にいくつか開いておいてあったやつ?」

 「はい!そうです!」

 「あ、あれ、必要だった?ごめん勝手に使っちゃったわ。ごめんなさい。」

 「!。それで、その罠は何処にあるのです?」

 「それは秋山くんに渡しちゃって...」

 「それで、秋山先輩はなんか言ってませんでしたか?」

 「特に何もなかったって言ってたよ。」

 「......そうですか。わかったです。」

 五郎八はスタスタと自らのブースに戻って行った。

 「どうしたのかしら?」

 

 宗次郎は午前中から餌の再現を行なっていたが、いかように実験しても異世界と繋がるようなことは起こらなかった。

 そりゃそうだ。アルベルティーニたちは餌を食ってこっちに飛んできたわけではないわけだし、餌の物質が周りの時空をひん曲げるのなら、トラップを作る段階で先輩も気づくはずではなかろうか?では、どうすればいいのだろうか?残念ながら皆目わからん。かと言って誰かに聞くわけにもいかん。これはディレンマに陥ってしまったな。

 そうこうしている内に日が暮れてしまった。

 「秋山くん!お仕事終わった?」

 「あ、はい。ちょうど終わったところです!」

 今日は一日中悩みっぱなしだったが、今夜は悩みを忘れて楽しく食事をするとしよう。気分転換によって何か良いアイディアが湧くかもしれないしな。

 「じゃあ行こうか!」

 愛衣は元気よく歩いて、駅の近くの繁華街にある居酒屋まで宗次郎を導いた。

 「良さげな居酒屋ですね。」

 正直九戸先輩と二人で飲めるのならどのような環境でもいいぜ。

 二人は個室に入って、腰掛けた。

 「そうでしょ、今日はお詫びとしておごるから何でも好きなものを頼んでね!」

 「それじゃあ、お言葉に甘えて、まずは焼き鳥とか.......... 」

  

 二人は会社の話とか、世間話とかそういう当たり障りのないような話をだらだらとしながら、酒をすすめた。

 「それにしてもせんぱいは、すげー飲みますね?へへ」

 宗次郎はそれほど酒に強い男ではないので、もう酔っ払ってしまった。一方で、愛衣はまだそれほど酔っ払ってはいなかった。

 「あらあら、もう酔っちゃったの?ふふふ」

 あははは、せんぱいはかわいいいな。全く、俺はついてるぜ。あれ?どうしてこうなったんだっけ?あ、そうか、せんぱいがくれた罠が異世界に繋がってたからか。せんぱいにはアルベルティーニのことを言ってもいいかもな。

 宗次郎は酔っ払って頭が混乱していたようだ。

 「そういえば、せんぱい!この前の罠なんですけど、何もなかったっていいましたけど、実はあれ、異世界と繋がってまして、.....」

 「もう!酔っ払っちゃって!」

 やっぱムリでした〜。

 「いや、違うんすよ、マジで.......」

 その時、個室の襖がにわかに開かれた。

 「ちょっと!その話、詳しく聞かせてください!」

 「あなたは!!」

 二人は驚愕した。

 

 

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