Doll
水瀬咲月
ハジマリ
「Doll」
――それは、とある博士が造った、人造人間。
自我を持ち、自分の頭で考え行動し、感情をも持つ。不死身の肉体を持ち、傷もすぐに完治する。食事をとらなくて、動くことができる。睡眠も不必要とされているが、とれば延命に繋がる。そして、ドールの延命に最も効果的なのは、人間の血液を摂取することである。
人間よりも全体的に優れた数値を持つドールにも、個体差がある。とある博士が造った世界最高であり最古の三体のドールは、それぞれ特化した能力があり、それを活かしてマスターを守る。
その特別なドールは数百年前から、ある者達と戦っている。ドールは、その者達を倒すために造られた、兵器なのである。
それがいつのことだったか、私は覚えていない。
「ようこそ、この世界へ。気分はどうだい?」
博士は穏やかに笑っていた。
「トクニ、モンダイ、ハ、ナイ、デス」
生まれたばかりで、まだ上手く話せなかった。
「それは良かった。よし、これで大丈夫かな。さあ、おいで」
笑顔で手を差し伸べてくれた。その博士の手を取り、眠っていた所から抜け出す。
「きみはNo.003だよ。僕が造ったドールの三番目で、初めての女の子だ」
その言葉に、きゅっと胸が熱くなった。
「初めての、女の子…」
自分の口で繰り返してみた。今度は上手く話せた。そういえば可愛いドレスを着せてもらっていて、髪の毛も綺麗にセットされていた。けれど、そんなことはどうでもよかった。「初めて」という博士の言葉がとても、嬉しかったんだ。
――だから、あの日はとても、つらかった。
「No.003、きみはとても優秀だ。だから、もう大丈夫。まだ半年だが、きみならもう僕のメンテナンス無しでも生きられるよ」
博士はふふっと笑って、私を他の人間に高額で売り、戦争の道具にした。
初めてのマスターに事情を聞き、初めて真実を知った。私はとある者たちを殺すためだけに造られた、戦闘能力に特化した兵器だったのだ。
「起きろ!この駄目人形!」
そんなくそじじいの声で、目が覚めた。
懐かしい記憶を思い出していた。あれは始まりの記憶。もう、数百年も前のことだ。
「ようやく起きたか、この駄目人形が」
目の前でガミガミと怒鳴る老人。私を「駄目人形」と呼ぶ唯一の人間、
彼は旧家である吉川家の人間で術者。先々代の私のマスターである。吉川家には「術者」の力を持って生まれる子どもがいる。その能力者がドールのマスターになることになっている。と言っても、私がこの家のドールになったのは、伊吹の時からだが。
「今日が儀式の日だ。しっかりと俺の孫のドールをやってくれよ」
そういえば、今日から私は新しいマスターのドールになるんだったな……。すっかり忘れていたよ。
「いつものごとく、裏庭でやる。準備ができたら来いよ」
その伊吹の言葉に頷き、マントのフードをかぶった。
今回のマスターは、伊吹の孫。つまり、前回のマスターの息子となる。
前回のマスターは16年前に死んでしまった。だから16年ぶりだ……一人のマスターのドールになるのは。一体、どんな人間なのだろうか。
裏庭へ行くと、白いマントに身を包んだ男が立っていた。そして、その周りには伊吹や吉川家の者たちがいた。
「よし、準備はいいな。椿、契約を」
伊吹がそう言うと、目の前の男がすっと手を出す。男の手から放たれた青い光に包まれ、体が勝手に動く。その場に跪き、ゆっくりと彼の瞳を見る。
私に拒否権はない。これはマスターがドールを選ぶのであって、ドールはマスターを選べない。彼が左手を差し出した。それを合図に立ち上がり、自分の右手を彼の左手に重ねる。
ぶわっと私と男を囲むように風が吹き荒れる。契約の印がマスターの左手、私の右手に現れた。これで私は、この男のドールとなる。
「成功だな」
風が消え、伊吹がこちらにやってきた。
「ほんとにこれでいいのかよ、じいちゃん」
男がはぁとため息をつく。
「ああ、これで大丈夫だ。あとはお前がこの駄目人形に名前をつければな」
本当にうるさいじじいだ。何回「駄目人形と呼ぶな!」といえばわかるんだコイツは。
私たちドールはマスターに名付けてもらわなければ、力を発揮するどころか、声も出せない。私にも理由は不明だが、何故かそう設定されている。マスターが付けた名前がなかった私が自分の意志で言葉を発せたのは一度だけ。博士と他のドールたちと過ごした、あの短いひと時だけ。
「名前、か。うーん……」
「何でもいいぞ。ポチでもたまでも」
おい待て、くそじじい。それは犬や猫に付ける名前だろう。私はドールだぞ……!
「ソラ。お前、今日から『ソラ』な」
その瞬間、首を締め付けていた何かが解けた感覚がした。
「ソラ、か……悪くはないな」
ふっ笑みをこぼし、マントのフードをとった。久しぶりに話すから、どうも声が変な感じがする。いや、声じゃないな。心が、ふわふわする。
「No.003、戦闘能力に特化したドールだ。よろしく、主人」
「えっと、俺は、
――こうして私は「ソラ」となった。
Doll 水瀬咲月 @37se3
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