バイバイ・ブラックバード

 擦過音がひびく。かすかな燃焼音につづいて、ほそく、煙草たばこの煙が吐きだされた。

 魂のぬけた緋色ひいろのドリーを左腕にだいた満身創痍そういの男は、神々の彫刻がほどこされた白亜の壁にもたれ、紫煙をくゆらせる。するどくほそめられた目は、動きをとめた二体の神像のおくにみえる部屋の入り口にむけられたままうごかない。

 やがてその奥から、複数の靴音がちかづいてくる。硬質で急ぎ足のそれらの主が、煌々こうこうとそそぐ人工の光のしたに姿をあらわした。ミルキーオーシャン・サイバネティックス・テクノロジーズの最高経営委責任者CEOであるパトリック・ベネットと、武装した数体のアンドロイドである。自動小銃をダニエルにむけたアンドロイドを手で制しながら、柔和な光をやどしたあかるい緑の目が口をひらいた。

「バード捜査官、なぜここに?」

「いまはプライベートだ。ダニエルでかまわんよ。ただしダンはやめてくれ、お婆ちゃんにそうよばれてたんだ。思いだすとかなしくなる」

「ではバードさん。まず一点、この場所での喫煙は止めていただけますか? 精密機器がありますので」

「承服しかねる。どうせここのクソったれたシステムはもう動かせんよ。それより、私からもいいかな」

「こたえられることであれば」

「そのアンドロイド、銃をもっているが三原則がある以上、武装は無意味では? それともあれか、この木偶どもとおなじで第一条が無効になっているのかな。軍事用アンドロイドの件でアスクレーピオスをあれだけ批判したにもかかわらず」

 ダニエルは首をしゃくってローカパーラのふたつの躯体くたいを指ししめす。

「ものごとにはさまざまな面がある、ただそれだけのことですよ」

「ミルキーオーシャン・サイバネティックス・テクノロジーズCEOであるあんたが、ラーヴァナであるようにか?」

「……どこまで、しっているんですか?」

「さあ、どうだろうな」

「すこし冷静にかんがえた方がいいのでは? みたところあなたは随分と負傷しているようだ。そんな状態で武装した彼らを相手にできるんですか? ローカパーラほどではありませんが、アスクレーピオスの戦闘用アンドロイドよりは手強てごわいですよ?」

「なんともいさましいことだ、ベビーフェイス。ただ、子分に喧嘩けんかをまかせて高みの見物をきめこんでる親分にすごまれてもな」

「なんとでもいえばいいです。どの道あなたがいきてここをでることはないんですから」

 小銃をかまえたアンドロイドたちが展開する。平然とその様子をながめていたダニエルは、こぶしをにぎると人差し指と中指をのばし、親指をたてて銃のかたちをつくった。ぴたりとパトリック・ベネットの心臓にねらいをつけ、不敵な笑みをうかべる。

「アヴィーラ。ようやく君のところにいけそうだ」

 発砲、そして反動をまねてみせる。つぎの瞬間、彼の体内にしこまれていた軍用爆薬による爆轟が発生した。音速をこえたすさまじい衝撃は、ヴィマーナをおおった頑健な防壁によって一切放散することなく、閉ざされた区画でその威力を存分に発揮して内側にあったすべてを粉砕したのちに、通路を吹きぬけて全長四百メートルのエレベーターシャフトを経由し、ミルキーオーシャン・サイバネティックス・テクノロジーズの象徴ともよべる施設、発表会をおえて無人となったプレゼンテーション・ルームを吹きとばした。

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