聖域の守護神
ほそくながい通路にそそぐ人工の光は、濃密な
通路を構成するしろい大理石はつややかに磨きあげられ、左右の壁面には極彩色に塗装された
やがて十メートル四方ほどのひらけた空間に行きつく。差しだした右手に舞いおりた
正方形の部屋の壁面は神々をモチーフにした彫刻でいろどられ、四隅に
女神像に目をとめたクレアは息をのむ。自分の体とともにうしなわれた大切な存在に
「いきましょう、ダニエル」
「ああ、了解だ」
ダニエルが歩きだした瞬間、クレアは複数の視線を感じた。警戒をうながすまえに異変が発現する。部屋中央に設置されたSCUBAが、音もなく床に格納されていった。
「なにがおこったとおもう? お嬢ちゃん」
「未知のセキュリティーが起動したんでしょうね。ヴィマーナのデータにこんな情報はなかったわ」
「我々の侵入も露見したということかな?」
「いいえ。ここのネットワークはとじているの。外から入れないかわりに、でていくこともできないわ」
「なるほど、そいつは
「ええ、そうなるわね」
周囲を警戒する。電脳空間におけるものならば自身が、現実空間であればダニエルが対応できるという確信がクレアにはあった。だがそれは、おもわぬ形でうらぎられることになる。
「おっと、そうきたか」と、くたびれた老犬のような片方の
SCUBAの
「アンドロイド……みたいね。これがセキュリティーってわけ?」
「そういうことだろうな」
「もし彼らが攻撃してくるのなら、パトリック・ベネットがアスクレーピオスの戦闘用アンドロイドを非難したのは、とんだ茶番だったってことになるわね」
「まあとりあえず、それはおいておいて、だ。さがっていろ、お嬢ちゃん。こいつらの情報をさぐってくれ」
「わかったわ」
壁面のレリーフに降りたった鳳には目もくれず、二体のアンドロイドはダニエルとの距離をつめてくる。クレアはマウントマンダラの情報システムに侵入して検索を開始した。
間合いに入った瞬間、黄色の肌のアンドロイドが
「厄介だな、ちょっとばかり」
ダニエルが首をならした。
直後、あおいアンドロイドが一気に距離をつめ、四本の腕から乱撃を繰りだす。適切な目標への最短距離をたどる拳を、有機的で不規則な曲線をえがいてかわすダニエルの死角に、すかさずもう一体が回りこんだ。二方向からの
「ダニエル!」
「大丈夫だ、お嬢ちゃん。それよりいまは、有益な情報の方がありがたい」
ふたたび二体のアンドロイドにいどむ背中をみながら、クレアは懸命に情報をさぐる。
状況は悪化の一途をたどった。正確無比な連携をまえに守備は突きくずされ、拳をまじえるたびにダメージが蓄積していく。負傷と疲労は動きをにぶらせ、一方的な展開となりつつあった。痛めつけられるダニエルを気にかけながら、クレアはアンドロイド開発に関する暗号化された情報をみつけだし、復号化にかかる。いくたびも痛撃をあびてたおれた彼は、息をきらせ、ふらつきながらもふたたび立ちあがった。
二体が同時に地をける。またたく間に接近して決着をつけにかかった。ふたてからの強襲だ。再三みせられて手のうちはわかっていても、一心同体ともいえるコンビネーションをまえになすすべがない。猛攻をかわし、受けながすうちに追いこまれていく。捌ききれなかった打撃が命中しはじめる。フックをさばいたところに
一歩踏みこみ、カウンターの右拳をあわせる。腕の長さでまけているため届かないばかりか、左にそれていて命中すらしない。ありえない選択をうけて、あおい肌のアンドロイドの反応がわずかに遅延する。つぎの瞬間、ダニエルはにぎった拳をひらいた。顔面のまよこからふるった指先を引っかけて、
「凡戦者、以正合、以奇勝。
故善出奇者、無窮如天地、不竭如江河。
戦いは定石通りに向きあうが、勝利の
丁度そのとき、データの復号化をおえたクレアは該当するアンドロイドの情報をみつけだしていた。彼らの基幹システムであるローカパーラ、インド神話における方位の守護神を意味する単語で呼称されるアーキテクチャについて読みすすめるにつれ、
「ダニエル、うしろっ!」
「なっ――」
完全に不意をつかれた。ヤマというコードネームがつけられたあおい肌のアンドロイドが
異様な光景であった。目をつぶされたヤマと頭部のほとんどを破壊されたクベーラ、二体はまったくおとろえぬ連携でダニエルを攻めたてる。対処可能な
『きいてダニエル!』
『すまない、お嬢ちゃん。……いまはちょっとばかり、立てこんで、いてな』
『いいからきいて。あなたならこの壁を貫通できる? 深さ二十センチ程度、材質は天然の大理石とその奥にコンクリート』
拡張現実に標的がしめされる。レリーフでおおわれた部屋の壁のまんなかにある、鳳がとまった神像の顔のすぐ脇だ。ダニエルは暴風雨のごとき攻撃にさらされながら、本来であれば状況を立てなおすためにつかうべき
『いける。……それは現状打破に、関連することだな?』
『もちろんよ、私をしんじて』
『……しんじるさ、お嬢ちゃんの、私のバディのいうことだ』
『その後、おそらく私に攻撃が集中するわ。三分、……いいえ一分でいいわ。そのあいだまもってくれる?』
『まもるさ、何時間だろうが』
『かならず一分でおえるわ。ダニエル、あなたが合図をだして』
『了解した』
ダニエルはふたたび、敵の手のうちに
一切の予備動作がない状態からの渾身の跳躍。機械の体がうんだ速度が視覚の処理限界にちかづいて極端に視界がせばまるなか、ただ一点だけを中央にとらえた。虚をつかれた二体がわずかにおくれてダニエルをおう。トップスピードにのったサイボーグとの差はちぢまらない。ダニエルは指先をそろえて
壁に生じた亀裂に鳳が飾り羽をのばす。その瞬間、二体が
クレアは、阿修羅のごとき奮迅からとおく隔絶された世界にいた。飾り羽でとらえたケーブルを通じて、そこにやどるビットの大洋にもぐる。未知の
共有レイヤーを通じてたえなる旋律をききながら、ダニエルはとうに限界をむかえたはずの体のおくそこから
やがてクレアは特定する。壁にほどこされた
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