参道

 永遠につづくかとおもわれた暗闇くらやみのなかの降下は、不意におわりをつげた。

 一階に停止していたエレベーターのかごの天井に降りたったダニエルは、腕から射出機をはずすと救出口をひらき、とざされた闇のそこに音もなく着地する。彼の腕にとまったファンは、頭の飾り羽をのばしてエレベーターの操作盤に接続した。

 音もなく奈落の扉がひらかれ、濃密な暗黒が流れこんだ。生身の人間にはとらえられない微弱な光を、機械じかけの目が増幅して視神経に伝達する。モノクロームの視界のなかで、ふたりはすすむべき方向をみすえた。

 たかい天井をもつひろびろとした通路だ。一直線にのびる道の壁面には彫刻がほどこされ、無数の人影がならんでいた。拡張現実に詳細な情報が付与される。五十メートルほどつづく通路には、赤外線と超音波による人感センサーや超高感度の監視カメラがひしめきあう様子と、それらが収集した情報を逐次処理する人工知能への経路が見てとれた。あらゆる侵入を検知する電子の目によるセキュリティー・システムだ。

 肩をすくめたダニエルの声が、仮想現実の直通レイヤーピア トゥ ピアにのる。

『随分と念入りだな、あり一匹とおすつもりはないらしい』

『パトリック・ベネットをのぞいては、ね』

 通路のさきにあるコンソールが強調された。

『彼だけが向こう側にいけて、あのコンソールで一時的にとおれる人間を登録できるの』

『文字どおり、やっこさんにしか通過できないセキュリティーか』

『おまけにここのネットワークは完全にとじていて外部からはアクセス不可能。つまり侵入してだまらせることもできないわ』

『で、これから奴さんご自慢のセキュリティーを、私のバディが突破するわけだ。痛快だな』

『そうね、あの卑劣な男の鼻をあかしてやるわ』

 共有レイヤーにクレアの歌声が響きはじめた。数千の楽団員ノードを擁する交響楽団コンピュータークラスタによって、あちら側へわたる道筋の最適解をもとめるための演算がおこなわれる。調べは数秒で途切れた。ダニエルにしかるべき入力値が指示され、カウントダウンがはじまる。

『いいかな。お嬢ちゃん』

『ええ。お願い』

『了解だ』

 ダニエルは鳳をのせた右腕をひいた。指示された方向と速度に出力すべく微調整をおこなう。狙撃手そげきしゅ静謐せいひつをもって、そのときを待ちうける。

 機械化義肢の膂力りょりょくをもって鳳を撃ちだした。カタパルトの要領で一気に加速した彼女は、翼に生じた揚力をあやつり、有機的な曲線をえがいて飛翔ひしょうする。無数の超高感度監視カメラが織りなす、重なりあった画角のごくわずかな隙間を、数かぎりない人感センサーが作りあげる、複雑な監視パターンのかすかな死角を。侵入者のいかなる気配けはいをも看過すまいと、ミリ秒単位で組み合わせを変化させる統合監視網に一瞬だけあらわれる盲点をついて。

 部分が全体に相似するというフラクタルの概念にもとづいた図形をおもわせる軌跡をたどり、一瞬のうちに通路を渡りきった彼女は、翼をひらいて減速し、コンソールに接続した。煌々こうこうと明かりがともる。

完璧かんぺきだ、お嬢ちゃん』

 対岸のダニエルは、満足げに親指をたてた。

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