潜入捜査
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あかるい陽光をうけるゆたかな自然のなかで、その建造物はひときわ輝いていた。
荘厳な白亜の殿堂だ。ドーム状の屋根や
園庭に面した回廊に、右肩のでた白い法衣をきた男と、父娘とおぼしき男女の姿があった。
「そうでしたか、ではその事故でお嬢様は……」
サンカルパは理解のある人間の表情をつくりながら、親子のアバターをスキャンした。彼らがさりげなく身につけた衣服やアクセサリに設定されたタグ情報はいずれも、一流ブランドの最高級品だとわかった。腐肉をあさるハイエナの視線を、おだやかな笑顔のおくにしまいこむ。
入信希望者の応対は普段から弟子にまかせているサンカルパが、あえてこの親子に直接応対している理由は、彼らがこの国最古参の銀行につとめるエイブラム・ステインバーグとその娘エリカだという事実にほかならない。
「ええ。娘にはなんの落ち度もありませんでした。それなのになぜ、エリカはこんな目にあわなければならないのでしょう」
悲痛なエイブラムの訴えをきいたあと、空をみあげたまま相手の気をひくのに十分な間をおいてから、サンカルパは口をひらいた。
「
「いいえ。はずかしながらそういったことは不勉強で」
「すべての命は死後に別の存在として生まれかわるようさだめられています。死んだのちに転生して、そしてまた死んだのちに転生して、こうした無限の繰りかえしを
「では私や娘も別のなにかであったと? ……その、前世で」
「ええ、おっしゃる通りです。そして、めぐる命の行いはすべて、善行も悪行も業として魂に刻みこまれていき、その業に応じて来世がきまるのです。つまりお嬢様の不幸は、前世での行いに起因するものでしょう」
「そんな、……あまりに理不尽だ。エリカはとても善良でやさしい娘です。はやくに妻を亡くしてから、ずっと支えあってきた、ただひとりの、かけがえのない家族です」
「わかります。かつての私もそうでした。なにをやってもうまくいかず苦しみつづけておりました」
おおきくうなずいた
『ねえ、いつまで私はこの茶番に付きあえばいいの?』
『私がこの坊さんの気をひいておくから、ちゃちゃっと捜査をはじめてくれ。こういう場所はお嬢ちゃんにとって、家の庭みたいなものだろう? だが、この世の終わりみたいな顔をするのだけはわすれるな』
『潜入捜査ってこういうことなの? こちらから攻めるとかいっておいて、肝心の捜査は私に丸投げ?』
『
『……ええ、ええ。そうでしょうね』
エリカ・ステインバーグことクレア・モーリス捜査官は、片目をとじたエイブラム・ステインバーグことダニエル・バード上級捜査官をじっとみすえたあと、みじかく吐息をしてかすかな歌声を紡ぎはじめた。娘の様子に勘づかれぬよう、エイブラムは話に熱をいれる。
「なんでもやってきました、娘の治療のためにできることは。金をおしんだことなんてありません。……それなのに彼女は、いまだに指一本うごかすことができないのです」
「苦労されたのですね、随分と」
「娘のためにすることは、苦労とはいいません。私は絶対にあきらめない。あきらめたくない。何だってやってみせます、娘のためなら。本日ここにお伺いしたのも、そういう理由からです。……ええと」
「サンカルパです。ステインバーグさん」
「ああ、そうそう。サンカルパさん」
「サンカルパ、とはサンスクリット語で決意すること、を意味します。
「なるほど。よい名前ですな」
複数の不可視のクローラーをはなったクレアが、それらをあやつりながら、共有レイヤー上でつぶやく。
『随分と厳重ね、宗教団体のノードのセキュリティーにしては。軍事施設とか法執行機関とか、そういう場所なみのレベル』
小学生のテストの採点をする教師のような口調でクレアがつづける。
『ひとつ気になるのは、信者たちが身につけてるペンダントよ。あれがたがいに特徴的なパケットを交換しあっているわ、なんなのかまではわからないけど』
『ふむ、ちょっとインタビューしてみるか』
エリカが視線をかわしたエイブラムが、サンカルパのペンダントをみた。表面は複雑な幾何学模様がきざまれたそれは、陽の光をあびて黄金の輝きをはなつ。
「みなさんそのペンダントをつけられているようですが、なにか宗教的な意味があるものですか?」
「これはヤントラともうしまして、神聖な意味をもつ図形がえがかれています。門のようなものですね。精神をたかめ、修行の補助となります」
「ではみなさん普段から身につけていらっしゃるんですか?」
「そうですね。メタバースにいるときは身につけていただいております、つねに神の存在を感じられるように。さすがに現実世界にはもっていけませんが」
なるほど、とうなずいたエイブラムがエリカをみた。
『そういうことなんだそうだ』
『修行の補助をする道具に通信機能なんて必要ないはずね』
『まったくだ』
回廊のなかほどでサンカルパが立ちどまった。
「ご存知ですか? ヒンドゥー教の源流は、今から三千年ほどまえにうまれたバラモン教という古代の宗教にあることを。仏教やジャイナ教の神々も、バラモン教に由来しているのです」
「いえ、まったく」
「我々はディヤーナ・マンディールの教義は、ヒンドゥー教と仏教をあわせたものにちかいです。私たちは修行を通じ、あらゆる苦しみから解きはなたれた究極の状態、
「それができるなら、なんと素晴らしいことか」
サンカルパはしゃがんでエリカと視線をあわせると、おだやかに
「エリカさん、手にふれてもかまいませんか?」
「え、ええ……」
エリカの右手を両手で包みこんだサンカルパは、
『ちょっと。この人、私のアバターに侵入しようとしてるんだけど』
『様子見だ。おかしなことをするようなら容赦なく反撃してくれ』
『……侵入の手段が幼稚だわ。こんなのに
『まあ、君とくらべてもな。ああ、ほら、
瞼をひらいたサンカルパがエリカの手をはなす。
「エリカの、手が……」
目をみひらくエイブラムの拡張現実でエリカが嘆息する。
『演技派ね』
『まあな』
「お嬢様のプラーナ、気の流れに干渉しました。お嬢様の
「それで、本当に娘は……」
「かならず回復します、根気よく修行をつづけさえすれば」
サンカルパは今日一番の出来の重々しい表情を作りあげ、ふかくうなずいた。
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