ふたつの煙草
★☆★☆★
夕方のラッシュアワーをすぎても、道路は無数のヘッドライトにいろどられていた。
北と東、二方が道路に面した広場の一角にあるベンチにこしかけた老犬のような中年男の表情は、身にまとったスーツとおなじくさえない。
ほとんど灰になった
真夏の夜にさく花をおもわせる笑顔でとなりにすわり、シガレットケースからほそい煙草を取りだす。点火したオイルライターを無言で差しだしたダニエルに目顔で礼をいうと、煙草に火をつける。あさい吐息がひろがったあとで、ダニエルがいった。
「体によくないぞ? 煙草は」
「なんの冗談?」
「優秀な捜査官の前途を気にしての発言だ」
「ならあなたもやめるべきね」
「私はいいんだ、老い先みじかいしな。第一優秀じゃない」
「……男ってどうしてみんなこう勝手な理屈を振りまわすわけ?」
「なんだ。ご機嫌ななめだな」
「トレイヴィーよ。あの坊や、SWATに志願したの」
「そりゃ血気さかんなことだ」
「冗談でしょ。そういうタイプじゃないわ、彼」
「だが本人がやりたがってる以上は、とめられないだろう?」
「わかってるわよ。でもなんであえてSWATなの? むいてないわよ、あんな危険な仕事」
「適性については賛成だ。とはいえな、それでもやらにゃあいかんこともある」
「わけがわからないわ。わかるように説明して」
「そうしたいのはやまやまだが。私の口からいうことではないんだ、これは」
「何よそれ」
「まあ、ながい目でみてやってくれ。男はどいつもまちがいなく、おろかで自分勝手なうえに言葉がたりない生物だが、
肩をすくめて両手をひろげたニーナは、ふかぶかと吐息した紫煙を、夜の
「で、老い先みじかくて優秀じゃない捜査官どのは、ここで何をたそがれてるわけ?」
「私か? 私はバディから邪険にされて落ちこんでいるところだ」
「……今度は何をやらかしたの?」
「なぜ私に原因があることを前提で話す?」
「自分の行動を
「まったく心当たりがない。バディと良好な関係をきずこうと努力してきただけだが?」
「見解の相違ね。まあいいわ。で、クレアがどうしたの?」
「電脳空間で潜入捜査をおこなったんだが、収集したデータをもってダイヴセンターにこもりっきりなんだ」
「ARで話しかけるか、様子をみにいけばいいじゃない」
「そうしていたんだがな。反応がなくなったんだ、急に」
「何をいったの? 一体」
「おかしなことは言ってない。定期的に確認の連絡をいれただけだ」
「どのくらいの間隔で?」
「三十分おき」
「……あなた娘が外出するたびに、たのまれてもないのに門限より早く迎えにいって嫌われるタイプね、絶対」
「娘なんてものがいたらもっと真っ当な人間になってるさ」
「まったくもってそのとおりね」
吸い殻を灰皿に
「さて、娘をおこらせた情けないお父さんのためにひと仕事してくるわ」
「すまないな」
「ねえダニエル」
「なんだ?」
「あなたかわったわ、すこし。クレアがきてから」
「そうか? どんな風に?」
「人当たりがやわらかくなったみたい」
「ふむ……。かたかったか? 私は」
「かたいというよりは、世捨て人みたいだったわね」
「なるほど」
「三年まえ、この町に異動してくるあなたの経歴をみたときはね、正直とても不安だったのよ。うまくやれるのかなって」
「まあ、イタリアンマフィアとのくろい
ぴたりと動きをとめたニーナは目をふせ、消えいりそうな声でいう。
「そういうつもりでいったんじゃないの……」
「すまない。年寄りはひがみっぽくていかんな。……まあその、なんだ。いい同僚にかこまれているおかげで、
「うれしいわ、もしそうなら」
真夏の夜の花は、かがやくような笑みをみせた。
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