幸福を打ちくだくもの

     ★☆★☆★


 その人物は実際の年齢よりずっとおさなくみえた。

 午後のうららかな日差しがみちた病室でいくつかの機器にかこまれてまぶたをとじた少女は、薔薇色ばらいろほおをしており、かすかに微笑ほほえんでいるようでさえある。

「念のためもう一度確認なんですが」

 ダニエルがここまで案内してきた女性の看護師にたずねた。

「彼女がシーラ・クラインさんですか?」

「ええ、まちがいありません」

「なるほど。そうでしたか……」

 腕組みしたダニエルは、となりで困惑の表情をうかべたクレアに音声通信をおくる。

『どうおもう? お嬢ちゃん』

『院内のネットワーク管理者はこの部屋からの接続だといっていたわ』

『だが彼女に運び屋は不可能そうだ』

『同意するしかないわね、不本意ながら』

 さえない表情で頭をかいたダニエルが看護師をみた。

「もうすこしお伺いしてもかまいません?」

「どうぞ」

「こちらの病院は随分とセキュリティーがしっかりしているんですな。ここにくるまでに何度かIDでの認証をもとめられましたが」

「防犯上の理由です。テロリズムへの備えでもありますし、院内における置き引き等の犯罪も減少しました」

「なるほど、では認証の履歴がのこっていたりします?」

「ございます」

「昨日の十九時頃にこの部屋に立ちいった人間は?」

 少々お待ちください、とジェスチャーで拡張現実を操作した看護師が、すこしの時間ののちにいった。

「いないようです」

「たとえば何者かが、履歴をのこさずこの病室に立ちいる可能性はありますかね?」

「ないでしょう。ドアは常にロックされていますし、あらかじめ承認された方でないとひらきません」

だれなら入室できます?」

「医師と看護師、それから通常であれば、患者さんのご家族やご友人といった申請をされた方です」

「通常であれば、とはどういうことでしょう」

「彼女の場合は追加の申請がなされていないのです。ご両親は亡くなっていますし、弟さんがいらっしゃるのですが、事情があってこちらにはこられません」

 クレアとダニエルはかおをみあわせる。少女のかすかな寝息が、しずかにかさなっていく。


『シーラ・クライン十五歳。二年前に両親とともに交通事故に遭遇して両親は死亡、彼女は重傷をおいながらも命を取りとめたが、それ以来ずっと遷延性意識障害――重度の昏睡状態こんすいじょうたいにある、ということだ』

 ダニエルの声をききながら、クレアは後部座席で、窓のそとをながれる黄昏時たそがれどきの風景をぼんやりとながめている。

 重傷をおった彼女が数ヶ月の昏睡からめざめたのは、シーラとおなじ十五歳のときだった。ついかんがえてしまう。両親やいとしい人の死、さらに自身の体と夢をうばわれたという過酷な現実を突きつけられ、絶望のなかですごした地獄のような日々と、なにもしらず眠りつづけているのとでは、どちらが幸せなのだろうか。

『弟さんの方は?』とニーナの声。

『イーサンという十三歳の少年なんだが、彼もコンピューター・アンド・プラウドとは無関係な可能性がたかい』

『どうしてそういえるの?』

『寄宿制の学校にあずけられているそうだ、強度の自閉症で。二年前の事故は、両親とシーラが彼に面会にいく途中で発生したものらしい』

『……そう』

 不幸はどこにでもころがっている。しあわせな日常を打ちくだき、突然我が物顔で押しいってくる。声がもれた、家族を奪いとられた十一歳の少年の痛みを想像して。

 ふわり、とあたたかな感覚がおとずれた。シュリが無言で手をかさねていた。うごかなくなった手も、彼女のぬくもりを感じるという役割だけは果たしてくれる。あきらめと満足が入りまじった笑みがもれた。

『先日あらわれた甲冑かっちゅうねらいは、私かコンピューター・アンド・プラウドのどちらかだろうが、カーティスからもたらされた何かを運んでいるのだとすれば、今後もコンピューター・アンド・プラウドがねらわれる理由は十分にある。可能なかぎり保護したい』

『そうね。わかったわ。報告ありがとう』

『なに、私たちはチームだ』

 通話をおえるとダニエルはしんどそうに肩をまわす。

「なあ、お嬢ちゃん」

 クレアはミラーごしに目をあわせた。

「なにかしら」

「イーサン少年の学校はオチゴ郡にあるらしい。今度話をききにいってみるか。二百マイルくらいだからまあ、片道三時間ってところだな。自然ゆたかなところらしいぞ?」

「必要があれば。でもいまは証人の保護を最優先にすべきね」

「まったくだ」

 今度は肩をすくめるダニエルのむこうで、景色は金色にそまっている。

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