引き手

 2回目の練習だ。


 今日も野崎先輩が中心となって1回生を指導する。

「前回、押し手について教えたから、今回は引き手ね。弦は、3本の指で引くのね。人差し指、中指、薬指ね。人差し指と中指の間に矢がくるの。親指は手のひら側ね。こういうふうに顎の下につけるの。」

 野崎先輩がやってみせる。手の甲を外側にして、顎の下にピタッとつける。

「人差し指を顎に沿わせるようにね。まあ、顔の骨格によってそうじゃない人もいるんだけど。引き込んだときの引き手の位置を『アンカー』っていうんだけど、アンカーは毎回一定にする必要があるの。顎にピタっと沿わせることで、安定しやすくなるし、感覚的にアンカーを確認することができる。他にも、弦が鼻や唇に当たる感覚で確認したりするんだけどね。アンカーのちゃんとした位置は、弓をひくようになったときにもっと説明するけど、とりあえずやってみてくれる?」

 顎に人差し指を沿わせるのか。見様見真似でやってみる。

 何人かの先輩が、一回生を見ていく。

「小笠原。」

「はいっ!」

 呼ばれた方を見る。2回生の稲見 撫子先輩だ。

「ちょっとアンカーが外だな。触るぞ。」

 稲見先輩の白い指が私の顎の下の手に触れる。ひんやりしている。アンカーを、首側に直される。

「そして、引き手の肘は下げないように。」

 先輩に肘をくいっと持ち上げられる。

「はい!」

「返事が元気でいいな。」

 そういうと、稲見先輩は他の1回生を見に行ってしまった。

 揺れる稲見先輩のまとめられた髪をみる。

 ひんやりとした稲見先輩の手の感触は、まだ残っていた。

「稲見先輩かっこいいよね。」

 小さな声がした。美姫ちゃんだ。

「凛とした感じ。弓道部って感じよね。」

「本当にね。」

 ポンと美姫ちゃんと私の肩に手が置かれた。

 振り返ると宮野 そら先輩だ。

「何話してるのー。宙もまぜてよー。」

「あ、すみませんっ!」

「そろそろ、ゴムチューブ使うから用意してね。あと、今度一緒にご飯でも行こうね。もちろん、撫子も誘ってね!」

「いいんですか?」

「私たち、これから共に戦うチームメイトだよ。はやく仲良くなりたいもん。さ、はやくゴムチューブ用意してね。」

 チームメイト……新歓の時に、野崎先輩が団体戦と言っていたのを思い出す。まだ試合をみたことがないから、チームとしての戦い方などは全然わからないが。

 前回の練習でもらった赤色のゴムチューブを取り出した。輪っかになるように結んである。

 野崎先輩が一回生全体に向かって話し始めた。

「引き手について、だいたいはわかった? 何も無しで練習するのは想像し辛くてやりにくいと思うけど。じゃあ、次は、押し手と引き手の両方について考えながら、引く動作を確認した後、ゴムを引いてみてくれるかな。上回生がまわって見ていくから。」

「はいっ。」

 もうすぐゴムチューブを使える。ちょっとずつアーチェリーに近づいている気がして、ワクワクしてきた。

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