肩を落とす
「次は押し手ね。」
弓を押す方の手を「押し手」、弦を引く方の手を「引き手」というらしい。
「押し手は、ただまっすぐに伸ばしてるわけじゃないの。何もしないでそのまま弓を押そうとすると、肩が負けたりして、しっかり押せないのね。そこで、肩を落としたり、肘を返したりするわけ。」
なるほど。確かに体験会の時のことを思い出すと、引くのが大変という印象の方が強かったが、押すのも大変だった気がする。引けば引くほど、押すのにも力が必要で、どんどん押し手の肩が上がって、詰まっていたような気がする。
「まずは、肩を落とすことからね。押し手側の腕を水平に上げてみてくれる?」
私は左腕を水平に肩の高さまであげる。
「何も意識しないで腕を上げると肩が上がるよね。周りの子を見てみて。」
すぐ近くの俊哉くんと互いに肩を見る。
右肩よりも左肩の方が高い気がする。
「このままだと、押されたときにどんどん肩が詰まっていくの。ちょっとそこの彼、名前は?」
先輩のすぐそばにいた流星くんが声をかけられた。
「土屋です。」
「押し手を真っ直ぐにしたまま私の腕を押してくれる?」
野崎先輩は右の前腕をたてて、流星くんにさしだした。流星くんは、左手でそれを押す。
「そのまま押しててね。」
「あ、はい……うわあぁ!」
突然野崎先輩が前腕で流星くんを押し返し、流星くんの肩がぐにゃんと上がる。
「こうならないようにするために、肩を落とすの。」
なるほど……
「肩を落とす」とは、腕を持ち上げても、下ろしていたときの肩の位置を維持することらしい。
肩が上がらないように、ゆっくり腕を水平に持ち上げてみる。
できているのかよくわからない。
「俊也くん、出来てると思う?」
「うーん、さっきまでとそんなに変わらないかも……」
いったい、どうやったらできるんだろう。
周りをみると、みんな肩の位置を確かめながら、ひたすら腕を上げたり下ろしたりしている。
「ちょっと難しいでしょー。」
野崎先輩がニヤニヤしている。いや、コツを教えてくださいよ……
「コツは、脇の下を意識することかなー。そこら辺に力を入れるとね、むにゅってなって肩が落とせるよ。」
「むにゅ」っていったいどういうことなんだと思いながら、腕を水平に持ち上げて、脇の下を意識する。脇の下なんてあまり意識をしたことがないからどうしたら良いのかわからないが、いろんな意識の仕方をしてみた。
「あ、そうか!」
「どうしたの、俊也くん」
「わかったよ!これ、肩落とせてるでしょ!」
俊也くんの肩は、腕を水平に持ち上げていてもあまり上がっていなかった。
「脇の下から、肩を引っ張る感じだよ!」
なるほど?
試してみる。
脇の下に触れながら、肩を下から引っ張る感じを意識して力を入れる。ちょっとだけ、脇の下の筋肉が盛り上がったような気がした。
「おおっ!」
これか!これが野崎先輩の「むにゅ」なのか!
なんだか、嬉しくて自分の口角が上がるのがわかる。
第三者からみると、すごく地味な小さな進歩だが、それでも嬉しかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます