練習開始

「失礼しまーす。」

 かわいらしい声がレンジの扉から聞こえた。身長の低い女の人が、白と水色を基調とした弓を持って立っていた。

「こんにちわー……あれ、みんな元気ないね?」

 二回生の宮野 そら先輩だ。体験会などに通っているうちに、何人かの先輩の名前は覚えた。

「あれ、もしかして、たっくんを怒らせちゃったのかな?」

 一回生は黙ったままだ。

「なんで怒らせちゃったのかは知らないけど、たっくんもあまり一回生を怖がらせちゃだめだよ?」

 宮野先輩は樫村先輩に「めっ」と怒った。

「いやぁ、つい昔の血が騒いじゃってー。」

 いつもの樫村先輩に戻っている。昔の血って、いったい何があったんだ。

「失礼します。」

 また、別の女の人がレンジに入ってきた。凛としたその人は、さらりとした黒髪を後ろで一つにまとめている。洋弓部よりも、弓道部にいそうだ。

「樫村、貴様はまた荒れたのか。」

 二回生の稲見 撫子先輩だ。

「ちょっと、そんな冷たい目で見ないでくれるー?」

「まあ、こいつは、理由もなく怒るようなやつじゃないのは知っているがな。」

 そして、稲見先輩はそのまま50mのラインの後ろに、白い弓を置きに行った。


「みんなー、そろそろ始めるから、集まってー。」

 女子リーダーの本柳先輩が全員を集め、主将のかけ声で体操をする。野崎先輩に、「とりあえず一回生は空気読んで適当にやってくれ」と言われたので、周りをきょろきょろしながら体操をした。

 体操の後、輪になってミーティングをする。

「おはようございます。主将の吉留よしどめ ゆづるだ。」

 すらっとしたその人は無表情のまましゃべり続ける。

「今日から一回生が練習に参加する。今年は10人入部してくれた。一回生は、わからないことがたくさんあると思うが、その都度、誰か先輩に聞いてくれ。先輩の名前も徐々に覚えていけば良い。」

 一回生の顔をひとりひとり見ながら話す。吉留先輩と目が合ったとき、自分からは目をそらせない何かを感じた。

「上回生も、しっかり面倒をみること。では、始める。」

 部員達が片足を前に出して頭を寄せる。いったい何が始まるんだろうとほとんどの一回生はきょろきょろしながら顔を寄せる。次に何がくるか、私にはわかる。

「ろくだーーーーいっ ファイッ ファイッ ファーーーーーーイ」

 そして、上回生のほとんどが一斉に50mのラインへ走り出した。

「一回生はこっちに集まってー」

 野崎先輩がレンジの隅の方に一回生を呼ぶ。野崎先輩の他にも何人かは50mのラインへ行かず、そこにいた。野崎先輩の手には、ゴムチューブをわっかに結んだものが一回生の人数分あった。ゴムチューブを一回生に配る。50mのラインの方から、矢が放たれる音が聞こえてくる。

「みんなもらったね。いきなり弓を引くということはしないよー。引き方もわからないのにいきなり弓を扱うと怪我するかもしれないしね。アーチェリーは危険なスポーツってことをわかっておいてね。死亡事故もあるし。」

 50mで射っている様子をチラッとみる。矢がものすごい速さで飛んでいく。確かにあんなものが刺さったら、一溜まりもないな……

 だから、まず最初にこれを使うのか……

「弓を引く前にこれ……も使いませーん。」

 え?

「これ、今渡しておかないと、渡し忘れるような気がしたからね。しばらくは、シャドー、何も使わずにひたすらイメージトレーニングのようなものをしまーす。つまらないかもだけど、我慢してね!」

 え? ひたすら、イメージトレーニング……?

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