練習前
5月、土曜日、朝8:30。六甲大学洋弓部レンジ。
一回生、10人が集まっている。それぞれ、運動ができる適当な格好をしている。
眠そうにあくびをする者、座り込む者、スマホをいじる者。
私たちは、樫村先輩が来るまで、レンジの扉の前で待機している。
土曜日の朝は人が少ない。
平日は、臨時便を含めて、バスが絶え間なくやってくるのに、基本的に満員である。しかし、土曜日はバスの本数が少ないのに、本当に同じ路線なのか不安になるほど人が少ない。ちらほら、運動系の部活やサークルの人を見かけるくらいだ。
レンジの方に目をやる。先日、招集されたときよりも、隅の草が伸びている。
「おまたせー。」
樫村先輩が走って登場する。一回生は、スマホをしまい、立ち上がった。
「おはようございます。」
「はい、これ、こっちが男子、こっちが女子ね。」
樫村先輩が、鍵を配り出す。
「部室の合鍵ね。今から案内するから。荷物持ってついてきてー。」
部室は、レンジから少し離れていた。先ほどもらった女子部室の合鍵を差し込んでひねる。ガチャっというやや鈍い音が聞こえる。そして、ドアを開く。
「うわっ。」
そう声をだしたのは美姫ちゃんだった。私もそういう反応をしそうになった。
部室は、すごく年季が入っていた。壁にはひびがはいっている。扉のすぐそばには靴箱。部室の奥の方にファイルや本やトロフィーが置かれた棚や、クローゼットのようなものがあり、壁のそばには、大きなキャリーケースのようなものや、大きなリュックのようなものがいくつか置かれていた。これらが、弓のケースなのだろうか。
部屋の隅の方に荷物を置いて、レンジに戻る。
「集まったね。じゃあ、これから、練習前に一回生にやってもらう仕事について説明しまーす。あそこを見て。」
前に、練習見学をしたときと同じように、的紙が貼ってある。
「15枚貼ってあるんだけど、ぼろぼろになった的を交換してほしいんだよね。」
そして、レンジ内にある、倉庫を指さす。
「あの倉庫の中にいろいろ入ってるから、あそこから必要な分だけ取ってきてくれるかな。」
倉庫の扉を開く。丸められた的紙、ストップウォッチ、旗が緑、黄、赤、それぞれ2本ずつ、得点を書くと思われるホワイトボード、体験会で使っていた木の弓など、いろんなものが置かれている。ぼろぼろになっていた的の枚数だけ、新品の的紙を取り出す。
「他の的と同じようにそれを貼ってくれる?」
他の的を見てみると、4隅を釘で畳に刺してある。
先ほど取り出した的紙を広げる。結構大きい。
「手伝おうかい、明日実ちゃん?」
目の前に、ノエルくんがいた。
「あ、お願いしてもいい?」
ノエルくんは、さっと私の顔に自分の顔を近づける。うん。近すぎる。
「かわいい女の子のためなら、どんなこともするよ。」
そして、ウインクをする。なんか腹が立つ。
「いや……えっと……」
「おい、そこぉぉぉぉっっ!」
野太い声がした。誰だと思って、声がした方を見ると、樫村先輩だった。
「なにしとんじゃおらぁ! お前は、女口説くために来たんか?」
え、この人は本当に樫村先輩なのか?
レンジの空気が急に冷たくなったような気がした。
ノエルくんは、樫村先輩の方を見たまま固まっている。
「練習しに来てるんやろ? だったら、さっさと練習の準備せんかい!」
怖い。明らかにさっきまでの樫村先輩と表情が違う。他の一回生も、びっくりして動きが完全に止まってる。
「全員、動き止めんな!」
「はいっ!」
的を全部交換し終えても、他の部員がレンジに来るまで、一回生が口を開くことはなかった……
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