昼休みのレンジにて

 新生活に慣れるのに必死になっているうちに、気付いたら、4月はもう終わろうとしていた。


 樫村さんから、メールが届いていた。

 新入部員が確定し、もうすぐ練習が始まるから、連絡のために、今日の昼休みにレンジに集まってほしいということだった。

 たしか、樫村さんは、新歓祭でお世話になった、あのチャラそうな人のはずだ。


 ということで、私は、今レンジに来ている。

 私を含めて一回生は10人だ。どうやら、女子は、結局私と美姫ちゃんと千裕ちゃんの3人だけらしい。

 樫村さんが、一回生の人数を数える。

「よし、みんなそろったね。じゃあ、これ、まわしてくれる?」

 樫村さんが、一番近くにいた一回生の男子にプリントの束を渡す。一人、一枚ずつ取って、隣の人に渡していく。私のもとにも回ってきた。プリントには、六甲大学洋弓部の規約のようなものが書かれていた。

「これ、次の練習までに目を通しておいてね。開始時間とか、服装とか、他にもいろいろ大事なこと書かれてるから。」

 部費のことや、雨天時のことも書いてある。

「それと、言い忘れてたけど、僕は、二回生の樫村 琢磨です。こう見えても、次期主将です。」

 え、樫村さん、次期主将なの? チャラそうだったから、全然そんな風には……いや、ちょっとしか会ったことがない私が外見とかで決めつけるべきではないな。

「僕が一回生のお世話係みたいなモンだから、何か困ったことがあったら何でも聞いてねー。」

 でも、この人が、お世話係なら、何かあったときに聞きやすそう。

「で、今日の用事はこれだけ。次の練習の時は、準備とか色々説明したいから、練習開始の1時間前には来ておいてくれるかな。じゃ、かいさーん。この際、お互いに自己紹介しておいてもいいんじゃないかなー。ばいばーい。」

 そう言って、樫村さんはすぐに帰って行った。

 なんなんだ…あの人は……


 残された一回生達の間に、静寂が訪れる。

 この時間は何なのだろう。

 だれも何も話さず、少し気まずい。

 勇気を出すんだ私。大学生になったら、コミュニティーを広げるんだろ。友達を増やすんだろ。


ゆっくりと息を吸い込んだ。

「あの、これから、一緒に頑張っていく仲間ですし、先ほど、樫村先輩も仰っていた様に、自己紹介しましょう!」

 声、震えてないかな。

「わたしからしますね。」

 緊張でどうにかなってしまいそうだ。

「わたしは、小笠原 明日実といいます。中学、高校では、吹奏楽部でクラリネットを吹いていました。えっと、好きな食べ物は、チーズケーキで、嫌いな食べ物は特にありません。えっと、他に何かあるかな……あ、音楽が好きです! いろんなジャンルの曲を聴きます! なにか、おすすめの曲とかあったら教えてください! これから、よろしくお願いします!」

 頭を勢いよくさげた。

 これでよかったのだろうか。自分が何をしゃべったのか、全然覚えていない。とりあえず、何かをしゃべらなきゃと無我夢中だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る