第37話 醜聞
司祭はキッチンで、先程リシュアが運んできた木箱の中身を取り出して、棚に並べ始めていた。今朝がた、街の食料品店から届いたものだ。
瓶詰めの割れやすい食材がほとんどで、全て新聞紙に包まれ、また丸めた新聞紙が緩衝材として敷き詰められている。
スパイス類を並べ終えて、次に蜂蜜の瓶を取り出した。瓶を包んでいる紙を広げたその瞬間、司祭の手が止まった。
その紙に刷られている写真や記事が目に飛び込んでくる。そこに写っていたのは、リシュアとルゥが暗がりで抱き合っている姿だった。
「────!」
司祭は思わず瓶を取り落としそうになった。すんでのところで蜂蜜の瓶をテーブルの上に置く。そして震える手でその記事の皺を伸ばして、再び見つめた。
リシュアの右腕にルゥが抱きついており、その背中にしっかりとリシュアの左腕が回されている。
誌面にはこんなタイトルが踊る。
<新恋人?! カスロサ・リシュア大尉と美女の密会、抱擁シーンを激写!>
司祭の鼓動が激しくなり、呼吸が早くなる。どんなに息を吸ってもまるで空気がないかのように胸が苦しい。
落ち着いて、と司祭は自分自身に言い聞かせた。何度か深呼吸をして、ようやく正常に息が出来るようになった。しかし動悸は変わらず続いている。司祭は何度もその記事を読み返す。だが、内容が全く頭に入って来ない。
実を言えばこの写真は、先日ジョイスの犯行現場で撮られたものだ。自分が巡回した場所で事件が起きたことにショックを受けて、泣き出しそうになったルゥをなだめるために、リシュアが背中に手を添えただけだ。
時間も昼。周りには警察関係者以外にも多くの人がいたにもかかわらず、あたかも暗がりで二人きりで抱き合っているかのように修正されている、悪意ある1枚だ。
リシュアの、自称ファンの人々やマスコミへの対応が素っ気無さすぎたため、一部のマスコミ関係者達に嫌がらせのような記事を書かれることがこのところ少なくない。これは数あるうちの1枚で、新聞や情報誌というには下世話すぎる、眉唾物の記事ばかり載せているゴシップ誌のものだ。
しかしそんなことを司祭が知るわけもない。更に先ほど己の目で、お似合いのあの二人の仲が良い姿を見たばかりだ。当然のようにその記事を信じ込んでしまった。
目の前が暗くなってくる。リシュアの訃報に接した時とはまた違う喪失感が、司祭を襲っていた。次から次へと悲観的な想像が浮かび上がってくる。
リシュアも異常な体質である司祭などより、このような可愛らしい女性が良いに決まっている。
この寺院で司祭の見守りなどをするよりも、彼女と市街地を巡回する方が楽しいに決まっている。
やはり先程感じていた不安は的中していたのだ。そう考えて、司祭は茫然と立ち尽くしていた。
その時、外の方からロタとリシュアの声が裏庭の方から近付いてきた。司祭は手にした記事を急いでポケットに仕舞いこむ。
「司祭様、スモモの収穫が終わりました。どこに置けばいいですか?」
まるで自分がとってきたかのように報告するロタを、リシュアは苦笑しながら横目で見て、スモモが入った籠を運んでくる。
次いで視線を司祭に移すと、その顔は蒼白になり強張っていた。
「司祭様? どこかお加減でも……?」
籠をテーブルに置き、司祭に駆け寄るリシュア。しかし、差し伸べられたその手は司祭によって払いのけられた。
「──?!」
驚いたのはリシュアだ。先ほどまであんなに和やかに談笑していたのに、一体何があったというのだろう。
「すみません。……失礼します」
司祭は逃げるようにその場を後にした。後には言葉を失ったロタとリシュアがとり残された。
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