第36話 司祭の気がかり

 昼食を食べている間中ずっと、司祭は何故かそわそわと落ち着かなかった。

 夕べのあの忌まわしい出来事のせいだろうか。それをリシュアに話していないせいだろうか。

 だが、あの事を隠しておくという選択は間違ってはいないと司祭は考える。

 ただ、その理由が本当に彼の任務に障りがあるからなのか、それとも自分が彼に見放されないよう保身のために隠しているのか、正直司祭自身わからなかった。


 彼は事あるごとに司祭への愛情を、言葉や態度で伝えてくれるが、果たしてこのような自分を本当に辛抱強く想ってくれているのだろうか。今までにない妙な不安が胸を覆いつくす。


 その理由に司祭は気付いていた。あの元気なリシュアの相棒だ。 

 先程のルゥとリシュアの様子が気になって仕方がなかった。あの可愛らしい女性は、リシュアに対して随分と砕けた態度だった。司祭にはよくわからないが、仕事の相棒とはあのように気の置けない間柄なのだろうか。


 あの二人が並んでいる姿を思い出す。リシュアも整った顔立ちに長身で長い手足と、まるでファッションモデルのようだが、その横に立つルゥという女性は軍服に身を包んでいても、そのスタイルの良さが際立っていた。そして太陽のように輝く屈託のない笑顔。まさに美男美女の組み合わせだった。


(ああいう女性こそ、大尉さんにはお似合いなのでは──)


 ふと、そんな考えが頭を過る。そしてリシュアの「ただ仕事だから」という言葉が再び蘇る。仕事でなければここへ来ることもない。そう言われた気がした。重い石を飲み込んだように胸がじくりと痛んだ。



「このサングリアはノンアルコールなのですね」


 リシュアのそんな声に、はっと司祭は我に返る。


「あの……はい。子供たちの事もありますが、何より大尉さんがお疲れかと思いまして、体に優しいものをと」


 そう答えてリシュアに視線を向けると、彼と目が合った。


「お気遣いありがとうございます。とても美味しいですよ」


 彼が笑った。穏やかな慈愛に満ちた笑顔を向けられて、司祭の胸が高鳴る。こんなに優しく見つめてくれるのに、どうして彼の気持ちを疑ったりなどしたのだろう。

 再び安堵の気持ちに包まれて、司祭はサラダのパプリカを口に運んだ。


「お料理はいつからなさっているのですか? 大尉さんは貴族の出と聞きましたが」


 貴族の子供は普通厨房などには入らないものだ。一体いつ料理を覚える機会があったのだろう。そう司祭は言いたいのだった。


「──私を育ててくれた乳母が、なんでも教えてくれる人で。料理だけではなく、掃除、洗濯、皿洗いも一通りやらされました。おかげで一人暮らしをする時も全く困らずに助かりましたよ」


 懐かしそうに話すリシュアを見つめて司祭は微笑んだ。このような彼の生い立ちが、貴族らしくもなく軍人らしくもない彼特有の性格を形作ったのだろうか。


 食事が終わり、食器を片づけた後にリシュアはロタに引っ張られて果樹園の方へ向かった。数本のスモモの木がたわわに実を付けている。


「高いところにある実を収穫してくれればいい」

「要は、はしごを使って採るのが面倒なんだな。……まあ、いいが」


 リシュアは手を伸ばして収穫を手伝う。果実酒やジャムにするらしい。あっという間に面白いほどスモモはかごにいっぱいになった。

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