第34話 パプリカ
昼の寺院の庭からは既に朝露は消えていた。今は強い日差しが芝生を照らしている。長袖のシャツを腕まくりし、軍服の上着を肩にかけて、リシュアは悠然と礼拝堂へと向かった。
巡回の方は、残念ながらあの奇妙な集団とカメラマン以外の収穫はなかった。それでもジョイスが出現しなかったのは幸いだろう。
「随分早いのね」
後ろから声を掛けられ、振り向くとイアラが立っていた。何か重そうな木箱を抱えている。
「今日も朝まで仕事だったんでしょう?」
責めるかのような声に違和感を感じながらも、それには触れずに彼女の手から箱を受け取る。箱の中身は香辛料や食用油、オリーブの瓶詰めなどだった。丸めた新聞紙が緩衝材として詰められている。それでも詰め方が甘いらしく、歩く度に箱の中身がガシャガシャと鳴った。
「仮眠してシャワーを浴びて、すぐに来たからな」
夕べ感じた不安のことは言わないでおく。
提げるようにして持っていた箱を、イアラがしていたように胸に抱え込む。肩にかけていた上着が地面に落ちた。イアラがそれを拾い上げ、リシュアが抱えていた箱の上にぽいと被せる。
「急ぐから、先にいくわ。……割らないでね、それ」
素っ気無い声に首を傾げて、駆けていくその背を見送った。
キッチンまで箱を運んでくると、イアラと司祭が食事の支度をしていた。
「お言葉に甘えてまたお邪魔しました。何かお手伝いしますか?」
「ああ、大尉さん。今日はお早いですね。お疲れでしょうから、そちらでお休みになっていてください。もうすぐ支度が整いますので」
司祭は微笑んで、ダイニングテーブルを指す。その顔にかげりはない。いつもと変わらぬ穏やかな表情だ。今更夕べ何があったかを悟られるような素振りは見せない。見せては彼が心配して、今の任務に支障が出るかもしれないからだ。その様子を見てリシュアは安堵の息を漏らした。
「いえ、折角早く着いたのですから何か……そうだ、それを切るんですね」
カッティングボードの横に色とりどりのパプリカが置いてある。
「あ、ええ。ロタが作ってくれた菜園で採れたものです。サラダの彩りに、と」
「では薄くスライスすればいいですね。やっておきますよ」
イアラと司祭が顔を見合わせ、小さくうなずいた。リシュアはペティナイフで器用にパプリカをスライスしていく。かなり慣れた手つきに、二人は意外そうにその様子を見つめていた。
「いつも自炊というわけではないのですが、料理は趣味でしてね」
実のところ料理の腕は過去にかなり役立っていた。女性を自宅に呼んで逢瀬を楽しむ際に、彼の自作の料理が振る舞われたのだ。勿論、そんなことはここでは明かせないが。
あっという間にカラフルなパプリカは、スライスされてサラダの上に散りばめられた。
「テーブルに運べばいいですか?」
木のサラダボウルを持って歩きはじめると、遠くからロタの声がしてきた。
「おい! おい。いるのか?」
ロタが「おい」と呼ぶのはリシュアだけだ。何事かと裏庭へ出る。
麦藁帽を被り、タオルを首にかけたロタが中庭から続く木戸を開けてこちらを見ている。
「何だ騒がしい奴だな」
不愛想に答えるリシュアを叱りつけるようにロタは更に大声を出す。どこか声に焦りを感じる。
「客だぞ。早く来いったら!」
何事かと司祭やイアラまでもが外に出てきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます