第33話 乙女よ穴を掘れ
厚いえんじ色のカーテンの隙間からは、細く淡い光が洩れている。静かに目を開けた司祭の視界に入って来たのは、いつもの天井ではない。眠っている間に身体はすでに起き上がっており、ひとりベッドの端に腰かけていた。
二の腕がぞわりと寒くなる。過去に何度もこうした経験があったからだ。
時計を見ると、丁度朝の5時になったところだ。司祭は立ち上がり寝室のカーテンと窓を開け、恐る恐る外を見た。
予想にたがわず目の前に広がるのは、一面朝露に覆われて銀色に輝く景色だった。
「──あ」
司祭はそのまま窓際の床に膝をついて、力なく座り込んでしまった。寝室のドアを首だけで振り返る。ソファでドアを塞いでおいたが、そのソファは横に移動されて、ドアは開け放たれた状態になっている。また夜中に歩き回ったのは確実だ。司祭の心は絶望に沈んでいった。
時を同じくして、カトラシャ寺院の古い石積みの螺旋の塔のすぐそばを、イアラがひとり歩いていた。その表情は硬い。美しく咲いた花や木々の葉に降りた無数の銀の朝露にも目をとめる様子はなかった
彼女は小さな麻袋を手に、ある一点へと近付いている。黒土の上に黄土色の小さな細長い物体……イタチだ。正しくはイタチだったものだ。
それを麻袋に入れて、彼女はシャベルを片手に林の中へ歩き出す。ミイラ化した小さなイタチは、本当に中に入っているのか不安になるほどに軽かった。
辿り着いたのは、犠牲になった小動物や鳥などをいつも埋めている秘密の場所だ。イアラはシャベルで穴を掘り始めた。
ざく、ざく。と土を掘る音だけが林に響き渡る。
その音は、司祭の部屋まで届いていた。静かな静かな早朝の寺院の中で、その音だけが命の営みであるかのように、微かに響いている。
ざく、ざく、ざく……。
イアラが穴を掘っている。司祭の秘密を埋める穴を。彼女は司祭に、絶対に見に来るなという。司祭が来ては目立つからというが、本当のところは見せたくなかったのだ。骸をそしてそれを葬るところも。
しかし見なくとも、何が起きたのか何が行われているのか、司祭は当然よくわかっている。
リシュアが夜の巡回警備に出るようになって一週間。月が細くなって5日目。あと1日何事もなければ、あとはしばらく普通に夜を過ごせるはずだった。
しかし最後の日に事は起こってしまったのだ。
思わず耳を手で覆った。しかし、いくら耳をふさいでも、その音は頭の中に響き続ける。司祭が犯した罪を責めるかのように。
膝をつき屈みこんで、両手で耳を押さえたまま、司祭はひとり寝室の窓際に座り込んでいた。涙はない。泣いて赦される罪ではないとわかっている。
どれだけの時間が経っただろう。やがてゆっくりと立ち上がり、窓際を離れる頃には音はもう止んでいた。
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