第6話 夢の中で
司祭はリビングへのドアを見つめてうなだれる。心細かった。リシュアはすぐ隣の部屋に居てくれるのに、それだけでは
自分がどこかへ彷徨い出ないように、寝ている間も抱きしめていて欲しかった。だが、そんなことは恥ずかしくてとても司祭の口からは言い出せない。
リシュアが戦地から戻ってきた日。ダリウス伯爵に怪しげな薬を打たれた時に、朦朧として自制が効かず、リシュアに無理やり添い寝を乞いてしまった。その時の事を思い出すと、今でも恥ずかしさで顔から火が出るようだ。
司祭は大きく息を吐き出すと、ベッドに入り枕を1つ抱きしめた。
こんな時どうしていいか分からない。そんな、恋愛に疎い自分がもどかしかった。しかしそれも当然の事。そもそもルナス正教の司祭は婚姻を認められていない。本来は恋愛もご法度なのだ。
近年そういった戒律は非常に緩くなっており、妻帯者となる司祭もいる。しかしやはり心のどこかで罪悪感を持ってしまう。そしてそんな感情を持ってしまう事が、リシュアに対して失礼だと思うのだ。
いくら考えても堂々巡りだ。大きなため息をついて、寝返りをうつ。抱いていた枕に顔を埋めると、無理矢理眠ろうと目を閉じた。
***
司祭は、いつしか眠りに落ちていた。だが、一方で僅かに覚醒している。そんな夢とも現実ともつかない状態。夢だと自覚しながら夢を見ていた。
それは、寺院の螺旋の塔にひとり佇んでいる夢だった。
朽ちかけた石の祭壇には、金糸でルナス帝国皇帝の紋章の刺繍を施した赤い布がかけられている。飾り気のない鉄の燭台に灯された白い蝋燭は、司祭の周りを円を描くように囲んでおり、風に揺られて炎を踊らせている。
見上げれば、丸く満ちた
司祭はその
塔の扉をすり抜けて、青白い光の玉が塔の中に入り込んできた。
光の玉は何度か司祭の周りを弧を描いて飛びまわった後、司祭の身体を通り抜けた。そしてそのまま四散して、塔の壁の中に吸い込まれていった。
その瞬間、鋭い金属音が塔の中に響き渡った。いや、それは音というよりも刺激そのものだった。鼓膜を針で刺されたかのように痛い。司祭は思わず小さく叫んで屈みこんだ。その音は、塔の内部でこだまするように反響し、司祭を飲み込んでいく。
「──様、司祭様!」
司祭を現実に引き戻したのは、リシュアの声だった。
「大尉……さん?」
異常を察知して、彼はすぐさま駆け込んできた。その目に飛び込んできたのは、ベッドの上で半身を起こした司祭が、両耳を押さえて突っ伏している姿だった。その息は荒く、額には汗が光っている。
司祭は目を閉じて大きく息を吸い、ゆっくりと吐いた。目覚めと共に耳の痛みは消え去ったが、鼓膜が引きつるような感覚は、まだ生々しく残っている。
夢を見てうなされていたのだと司祭は察した。恐らくは小さな叫び声も、実際にあげていたのかもしれない。心配そうに覗き込んでくるリシュアと目が合った。
「大丈夫です。……あの、音が……」
「──音?」
リシュアの怪訝そうな表情を見るに、あの音は司祭の夢の中だけのものだったようだ。
「金属が共鳴するような、甲高い音がしたのです。……恐らくは錯覚か耳鳴りでしょう」
「それは心配ですね……。以前にも同じようなことが?」
謝る司祭に労りの声をかけるリシュア。安心させるように、その肩を何度も優しく撫でる。
「ないとは申しませんが、ここまではっきり聞こえるのは初めてです。……何にせよ、お騒がせしました」
司祭は深々と頭を下げた。
「謝らないでください。私こそ無断で入室してしまい、失礼しました」
「そんなこと……起こして下さって有難うございました」
詫びと感謝を互いに繰り返し、顔を上げて目が合うと、どちらからともなく笑い出した。あまりにもよそよそしいと思ったのだろう。リシュアが慈愛に満ちた眼差しで司祭を見つめ微笑むと、司祭は目を細めてリシュアを見上げる。
「まだ深夜です。お休みください。あとは私に任せて……」
長い指で優しく頬を撫でられると、司祭は軽く目を閉じて静かにうなずいた。
先程の夢が妙に心に引っかかるのだが、こうしてリシュアに見守られていると思うと、先ほどまでの不安が溶け出していく気がした。
リシュアが部屋を出てしばらくすると、司祭は今度こそ深い眠りに落ちていった。
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