第3話 贈り物

「大尉、また手紙が届いてますよ」


 リシュアが自分のオフィスに戻るやいなや、秘書のミレイがデスクの上の箱を指した。両手では抱えきれないくらいの大きさの箱の中には、大量の手紙と小包が入っている。


「いらん。そんなものそこらに捨てておけ」


 リシュアは、うんざりした様子で目もくれない。大体、大尉という呼び名がまだ慣れなくて落ち着かない。

 生きていた、ということで特例の三階級昇進は取り下げられた。しかしグレッカ・ラギスとその幹部達を倒した功績により中尉から大尉に昇進したのだった。

 


「手紙だけじゃないんです。チョコとかクッキーの詰め合わせとか、ぬいぐるみまでありました。私がお礼状を打ちますから、大尉はコピーにサインだけでもしてあげてください」

「礼状なんかやらんでいい。チョコでもクッキーでもミレイ君、好きに持って帰っていいぞ」


 そんな返答を予想していたのか、小さく肩をすくめると、ミレイは勝手に礼状を打ち始めた。リシュアのサインの偽造は日常の業務で時々仕方なくやっている事だ。今回もその技術が生かされるだろう。


 新聞やTVで取り上げられ、人気はますます過熱している。そのことにうんざりしているリシュアは終始苦い顔だ。


「本当に頂いていきますからねっ。後でやっぱり欲しかった、なんて言っても遅いんですから」


 そう怒っては見せたものの、彼女はついつい頬が緩んでしまうのを抑えられなかった。リシュアの訃報を受けた時は、ショックのあまり号泣してしまった。そんな反応に彼女自身が驚いたものだ。手がかかる厄介な上司。彼女にとってリシュアなどそんな存在でしかないと思っていたからだ。


 生還した今は、そんなことがあったなど絶対に当人に知られるわけにはいかない。調子に乗って更に我儘わがままを言うに違いないからだ。

 しかしまたこうして軽口を言い合える事が嬉しく、つい口角が上がってしまうのだった。



「そう言えばこれ、また旅行に行ってきたお土産です」


 ミレイが木苺のブランデーを差し出すと、リシュアは怪訝そうにその箱を見つめた。


「いつどこに行ってたんだ?」

「3週間くらい前に、リョーヤ渓谷とピドゥ郡の方に。ピドゥは木苺の名産地なんですよ」


 そう返されてもリシュアのいぶかしむ様子は消えない。


「その頃は俺は表向きもう死んでただろ。それ、本当はオクトにでも買ってきたんじゃないのか?」


 からかうように問われてミレイは目を泳がせる。


「い、いえ。その……墓前にでもと思って」


 嘘ではないが、本当は少し違った。


 上司を亡くしたミレイには新しい上司が必要だ。打診されたのは、人柄がよく仕事ができることで有名な陸軍大佐の秘書というポジションだった。

 普通なら一も二もなく引き受けるところだが、彼女は何故か踏み切れず、答えを出せないまま時間ばかり経ってしまった。

 

 そんな時に友人に旅行に誘われた。考える時間が欲しかった彼女は、溜まりに溜まった有休休暇を利用して、バカンスを楽しむことにしたのだ。

 いや、それはバカンスなどではなく、恐らく傷心旅行だったのだろう。本人にその自覚はなかったが。


 出かけた先で名産の木苺ブランデーを見かけ、無意識に買っていた。ブランデーが好きなリシュアにお土産を、と思ったのだ。

 遺体を見たわけでもない。葬儀にも出ていない。そんな彼女にはまだリシュアが死んだという実感がなかったのだろう。若しくは信じたくなかったのかもしれない。


 とにかく、本人に受け取ってもらえる事を前提に買ってきた死者への土産の品。まさか本当に手渡せるとは。ミレイは潤んだ目を見られないようにふいと背中を向けた。


「大尉ももう有名人なんですから、きちんと考えて行動なさって下さいね」

「なあに。人の興味なんぞすぐに他へ移るもんだ。俺の事もどうせさっさと忘れるさ」


 夕日が照らす窓に向かってリシュアは大きく伸びをする。そんな上司に向かって、ミレイは聞き取れない程の小さな呟きを漏らした。


「そんなに簡単に忘れられたら苦労なんかしないんですから……」

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