第2話 巷で話題の男

「おっ、来たな有名人」


 ドアを開けると、デスクに座ったオクトが読んでいた資料から顔を上げた。悪戯いたずらっぽい笑顔を向ける。対するリシュアは渋い顔だ。


「やめてくれ。冗談になってない」


 苦々しく言い捨てると、どっかりと来客用の革のソファに座る。部屋の主はそんな様子を笑みを浮かべて眺めている。


「そりゃあ事実だからな。どのチャンネルもお前の話で持ちきりだぞ。すっかりお茶の間の人気者だな」


 くっくっと愉快そうに笑う。この男はリシュアが困っているのが楽しくて仕方がないようだ。


「皆も、何がそんなに面白いもんかね。俺の事なんかを特集したって楽しいネタなぞないからな」


 オクトの秘書が運んできたコーヒーを受け取ると、酒をあおるように一気に流し込んだ。


「なにを言ってる。面白いことだらけだろう? パレードで戦車を率いてカトラシャ寺院に献花をしに行った軍人が、今度は内乱の最前線に乗り込み、見事テロリストの親玉の首を取った、なんてな。なかなかにドラマティックだ。皆が飛びつくさ」


 オクトは香りを楽しむように少しずつコーヒーを口に含む。


「それだけじゃあない。戦地で死んだと思ったら実は生きていた、ってだけでも話題性に事欠かないのに。その男が貴族の出身でそこそこ美形、なんてテレビ受けするプロフィールだ。暗いニュースには皆飽き飽きしてるからな。すっかりヒーロー扱いだぞ」


 頭を横に振って、リシュアはますます顔をしかめる。確かにマスコミを利用したのは自分だが、こんなにも大騒ぎになるとは思ってもみなかった。


「そこそこ、は余計だ。──それなんだよな。俺がルーディニアの人間だってことが国中に知られちまった。実家だって迷惑してるだろうし、俺だってやりづらくなる」

「だが俺はそれが助かるんだよな。旧市街の聞き込みにお前がまた一緒に来てくれれば、今度は更に皆協力的になってくれると踏んでるんだ」

「ちゃっかりしてやがる」


 リシュアは大きくため息をついて、2杯目のコーヒーを受け取った。


「俺達も頑張ってはいるんだが、どうしても奴だけは毎回足取りが掴めないんだ」


 声のトーンが落ちる。リシュアは友に向き直った。


「首狩りジョイス、か」


 オクトは黙ってうなずいた。


 首狩りジョイスとは、このところ特に問題になっている連続殺人犯の通称だ。主に深夜の裏通りや公園などひと気のない場所で人が襲われ、被害者の首が切り取られ持ち去られるという事件だ。

 月に4、5人。多い時では7人以上の犠牲者が出る事や、犯人の足取りがまるで掴めない事。持ち去られた首が一切出てこない事など、常に話題は尽きない。


 そして犯人が異能者ではないかと言われる事も、この事件が注目されている理由のひとつだ。


 ジョイスが異能者と言われている所以ゆえんは、その切り取られた遺体の特徴にある。

 切り口はレーザーで焼いたように出血がなく、一面に薄く焼け焦げがあるのだ。


「また異能者か。……ジョイスが異能者じゃないっていう可能性はないのか? 例えば本当にレーザーで焼き切っているとか」

「残念ながら今の技術じゃ簡単に持ち歩けるようなレーザーの機械なんかはない。かといって状況から見て、どこかで切断して遺棄したとは考えにくいそうだ。百歩譲って大きなレーザーの機械を運んで来たとしても、裏通りや公園に電気をとれるところなんてないからな。どう考えても死神か異能者の仕業だろう」


 ジュルジール神教の死を司る神、死神は炎をまとった鋭い大鎌で罪人の首を斬り落とす。その傷口は焼き印を押されたかのように焼け、出血もないという。まさにジョイスの犯行と同じ状態なのだ。



「死神といえば……俺はお前が生きてるって信じてたよ、死神将軍」

「よせよ。その渾名あだなは好きじゃない」


 リシュアは傭兵時代「死神」と呼ばれていた。標的の敵を必ず仕留める。死をもたらす、という意味だが、それは表向きの理由だ。実際は少し違っていた。


 チームで派遣されても、リシュアただ一人だけが生還し、他のメンバーは命を落とす。つまりはチームに死を呼び込む、という意味だった。

 本当のところは、ミッションが過酷過ぎるために、本来ならリシュアも死んで隊が全滅するはずのところを、彼だけが奇跡的に生き残っている、というだけなのだが。


「おや、嫌いだったのか。すまない」

「いや、いいさ。あながち間違っちゃいない。……ジョイスの件、手伝ってやるよ」

「悪いな、助かるよ」


 オクトはきっとこの「死神」の意味を知らずに使っているのだろう。悪く言えば単純で、良く言えば真っ直ぐな男なのだ。屈託のないオクトの笑顔をリシュアはじっと見つめた。

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