風が吹く前に 第六章

第1話 帰還兵にインタビュー

「生きていた、だと?! どういうことだ!」


 力任せに重厚な机を叩く拳は、怒りに震えていた。陸軍元帥のグリムス・ヘイザーに睨みつけられて、グルーオ・フォンス中将は思わず目を閉じ首をすくめる。緊張で噴き出す汗を白いハンカチで拭いながら答えた。


「死体は別人でした。損傷が激しく歯型の照合も正確には出来ませんでしたので、体型やドッグタグで判断したようです」

「またしても彼奴きゃつめにまんまとしてやられたな、中将。あの男はこちらの秘密を握っている。表沙汰になる前に捕えて、今度こそ速やかに始末するのだ!」


 「秘密」とは勿論あのグレッカ・ラギスの潜伏先での事だ。援軍と偽って爆撃機を飛ばし、敵味方もろともに焼き尽くした行為を指している。

 どうせ邪魔なだけのカスロサ中尉にラギスの足止めをさせておいて、爆撃機の攻撃で確実に仕留めるという作戦は成功した。一緒に口封じをするつもりだった中尉と、後方で待機していた部下数名が生きていたことを除いては。


「そ、それが……」


 グルーオは口ごもり、ポケットから紙を取り出した。丁寧に畳まれたそれは新聞紙のようだ。


「何だ、それは」


 苛ついて、乱暴に部下の手からその紙を奪い取る。

 それは新聞の1面記事だった。記事を見て、グリムス・ヘイザーの顔色が見る見るうちに赤から青へと変わっていった。


『生きていた! アドラスのリーダーと幹部を倒した英雄、無事帰還す』


 踊るタイトルと笑顔で敬礼するリシュアの写真が、紙面にでかでかと載っている。

 舐めるように顔を近付けて読んだのは彼の死闘と生還を書いた記事だ。

 

「つい先程発売された今日の夕刊です。他にも大手2社の新聞が同様の記事を載せています」


 グルーオは痛む胃を押さえながら絞り出すように言った。


その記事の主な内容は、こうだ。インタビュー形式で掲載されている。



 ──今回このような危険なミッションに参加した経緯は?


 


カスロサ・リシュア(以下K):最前線へは自分で志願しました。パレードの際に世間をお騒がせしたので、自分に出来ることでこの国に何かの形で貢献したかったんです。


 ──困難な計画だと思われたが、「アドラス」のリーダー、グレッカ・ラギスを倒す事が出来た要因は?


 K:優秀なチームに恵まれたというのが一番ですね。ですが、それだけでは生還は不可能でした。最後に軍の支援チームが大勢合流してくれたおかげです。

 作戦の途中でこちらにも多くの犠牲が出ましたが、彼らは最期まで立派に戦ってくれました。彼らこそが真の英雄です。



 ──何故死亡説が流れたのか。聞くところによると軍による葬儀も行われたようだが。


 K:『グレッカ・ラギスを殺した男』つまり私を殺した者が、彼の跡を継いでアドラスのリーダーになる、という動きがあったのです。そこで戦場を離れて無事に帰還するまでは、仲間たちが私の死を偽装してくれました。

 結果的に皆さんを騙していた事になり、大変申し訳ないと思っています。


 ──今後はどうするつもりか。


 K:許されるなら、今まで通りカトラシャ寺院の警備につきたいと思っています。旧市街と新都心の間に位置するカトラシャ寺院の平穏を守ることが、両者をより強く結びつける事になるのではと思いますから。


 インタビューはその後秘密裡に帰国するための苦労話へと続いていた。元帥は顔を上げる。


「……秘密は守る、ということか。計算高い男だが馬鹿ではないようだ」


 グリムス・ヘイザーは小さく安堵の息を漏らし、唸った。

 

 この記事では、軍の秘密や面子は守られている。更にこれで彼は世間の注目を浴びることとなった。軍もおいそれと手出しすることは出来ない。また、リスクを犯してまでそうする必要もなくなったのだ。


 彼は読んでいた新聞紙を丸めてグルーオの胸へと投げつけた。


「下がって良い。引き続きこの男を注視しておくように」

「承知致しました」

 

 中将は姿勢を正して敬礼すると、丸められた新聞紙を拾い上げ、早々に元帥の部屋を後にした。


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