第29話 司祭への手紙
配達人を目の前に、司祭は届けられた手紙の赤い封蝋を剥がし、中から書状を取り出した。配達人はそれを見届けると、一礼してその場から立ち去った。
質のいい厚手の紙を広げて、司祭は目を通した。その目が僅かに見開かれ、次いで眉根が寄せられる。どうやら良い便りではなさそうだ。
その様子を少し離れたところで見ていたイアラが、取り込んだばかりの洗濯物の籠を抱え、心配そうに近付いてきた。
「どうかなさいましたか?」
司祭はもう一度その紙に目を落とし、それからイアラに向き直ると小さく首を横に振った。
「大丈夫。大丈夫です」
言いつつ、司祭は不安を隠せずにいた。変わらず心配そうなイアラは司祭をじっと見つめ、司祭もイアラを見つめ返した。
「何が書かれていたんですか? 遠慮なさらずに何でも教えてください」
きっぱりとイアラに言い切られ、司祭は小さく頷いた。
「分かりました」
そう言って手にした紙をイアラに見せる。
「元老院からの知らせです。先日の会議で、この寺院への経済的な援助を削減する事が決まったと。……皆には苦労をかけてしまうかもしれません」
寺院の収入は信者からの寄進と、元老院が決めた寺院の維持費としての予算がほとんどだ。今回その金額が大幅に削られるということが決まった。書状にはそう書かれていたのだった。
理由は作物の生育不良のために貴族達の収入が落ち込み、予算がとれなくなったためだという。しかし実際はそれだけではないかもしれない、と司祭は感じていた。
「すみません。私が元老院の皆さんを怒らせたからかもしれません」
イアラが首を振る。
「司祭様は何も悪くありません。正しい事をなさったのですから。それよりも、最近は寄進もそう多くはありません。色々と切り詰めたとしても、この閉鎖的な場所で兵糧攻めになるようなものです。ここは正式に元老院に抗議なさった方が宜しいのでは……」
司祭は首を横に振った。
「いいえ。それを言っては、恐らく例の経典のことを条件に出されてしまうでしょう。今彼らに弱みを見せるわけには参りません」
結局はそこが問題なのだ。たとえ生活に困る事になったとしても、それだけは譲れない。イアラは頑なな司祭を、むしろ頼もしく感じていた。己が手助けできることがあるならば何でもするつもりだった。
「降星祭も近いのですが、今回は内乱のこともありますし。我々だけで簡素に行いましょう」
司祭の提案にイアラは小さく頷く。
「小麦が高くなる前に少し多めに買い置きをしておきますね」
「有難うイアラ。力添えに感謝します」
お辞儀をする司祭の手を取って、イアラは司祭を見上げる。その瞳には司祭に対する愛しさが込められていた。
「今までもこれからも、司祭様には私がついています。私ももう16歳。子ども扱いはやめてください。何があろうと、司祭様をお守りしますから」
「イアラ……」
ぎゅっと強く握ってくる手は温かい。司祭はその手を強く握り返した。
「分かりました。ありがとうございます。でも、イアラこそ私を頼って下さい。私を信じて任せて下さいね」
イアラの頬が赤く染まった。
「勿論司祭様の事を信じています。一緒に乗り越えましょう」
それだけ言うと、洗濯物の籠を抱えて小走りに駆けていった。司祭はその背中を嬉しそうに見送るのだった。
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