第12話 キルフとアンビカ
「あのダンスのシーンが素敵だったわね」
旧市街にある映画館を出て、アンビカとキルフの二人はカフェで紅茶を飲んでいた。熱っぽく語っているのは、先ほど一緒に観てきた映画の話だ。田舎から出てきた少女が偶然出会った映画スターと恋に落ちる、というありがちなストーリーだが、色鮮やかな衣装や演出が素晴らしく、二人を夢中にさせた。
「そういえば、あなたとはまだダンスをしたことがなかったですね」
ミントティーを飲みながらキルフは優しく微笑んだ。アンビカは僅かに戸惑う仕草を見せる。
「ダンスなんて、必要だから習っただけよ。理由もないのに踊りたいとは思えないわ」
肩を竦めてみせると、キルフは愉快そうに小さく笑った。アンビカには何がそんなに楽しいのかさっぱり分からない。
「あなたらしいな。でも、あのシーンは素敵だった、でしょう?」
それを言われてアンビカは口ごもる。確かに美男美女が美しい装いで舞う姿は夢のように美しかった。だがそれも映画の中の事だから。
「観るのと自分が踊るのとは違うわ」
そっけなく言ってから、付け足した。
「……そう思わない?」
つい、ぶっきらぼうな口調になりがちな自分を心の中でたしなめる。それを察してか、キルフは更に嬉しそうに目を細めた。
「どうでしょう。試しに踊ってみるのが一番だと思いますけど」
「そうやってあなた、誘導するのが上手いのよね」
アンビカがくすりと笑う。
「では、場所を変えましょうか」
キルフがアンビカの手を取って椅子から立ち上がらせ、店を出る。アンビカと居る時のキルフは終始嬉しそうだ。その笑顔がアンビカにはなんともくすぐったい。
店の向かいに停めてある車へと歩き始めたとき、若い男が二人の方へと走り寄って来た。男はアンビカのバッグを奪って逃げようとする。
「ちょっと! 何……?」
アンビカが男を追いかけようとした時には、男は既にその視界にはなかった。何故なら男は濡れた石畳の上に転がって呻いていたからだ。
「だめですよ」
キルフの声。男がアンビカのバッグを掴んだ瞬間、男の手首をキルフが掴み、捩じり上げたまま足払いをかけたのだ。
男は何とも綺麗な弧を描いて歩道の石畳に叩きつけられたというわけだ。
「レディに失礼な真似は僕が許しません」
キルフが更に腕を捩じ上げると、男は情けない悲鳴を上げた。
「いてぇ……いてててててて!」
その様子をアンビカは呆気に取られて見ていた。周りが騒然となり、男は駆け付けた旧市街の自警団に連れられて行った。
「すみません。僕がもっとちゃんと気を付けていれば……」
頭を下げるキルフにアンビカは首を横に激しく振って見せた。
「あなた、すごいのね。今の、どうやったの?」
「昔、学校で護身術を習っていましてね……いやぁ、相手が素人だったから上手くいっただけですよ」
照れくさそうに頭を掻く青年を、アンビカは眩しそうに見つめた。
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