第24話 予定通りのハプニング
その日は快晴だった。空は青くどこまでも澄んで、雲ひとつない天気。まさにパレード日和だ。
今年は現政権発足20周年ということで、新都心の盛り上がりも過去最高となっている。沿道に人が詰めかけ、道路沿いのビルの窓からは多くの人が顔を出す。2階席がある飲食店はここが稼ぎ時とばかりにメニューの価格を2倍、3倍にしていた。
生でパレードを見られない人々は、家や職場で全局が一斉に放送するライブ映像に釘付けになっている。
まずは数台のバイクがゆっくりと先導し、その後を黒のオープンカーが進む。助手席にはプラチナブロンドの長身の士官が立ち、パレードの指揮を執っている。
『今年の総指揮者は異例の抜擢、士官のカスロサ・リシュア中尉です。その甘いマスクに沿道の女性たちから歓声が沸いています!』
TVのレポーターの声もかき消されそうな黄色い声が響く。長い髪は後ろできつく束ねられ、オールバックのようなスタイル。かっちりと着こなされたパレード用の紅く豪奢な軍服。いつものリシュアとはまるで雰囲気が違う。
『中央通りを抜け、公園前を通りすぎていきます。今年は20周年と言うこともあり例年よりも広い範囲を行進する予定です』
伝統的な衣装の歩兵が、時折敬礼やパフォーマンスを見せながら歩き、騎馬隊の次は戦車と続く。
『60年前、そして40年前の制服を再現した色鮮やかな隊列です。騎馬隊の馬も今日は美しく着飾っています』
「そんなこと知ってるよ! もっと中尉のこと紹介してよ!」
TVの実況にユニーが不満をもらす。
寺院の警備室の部下達は、上司の晴れ姿を観ようとチャンネルを変えまくっていた。
「すごいなあ。見違えちゃったね、中尉」
「俺達の中尉が全国に流れてるなんてすごいよな」
ユニーとムファは語彙力を無くしたように、すごいすごいを繰り返している。
そこへアルジュが見回りから帰ってきた。
「ねえ、何だか礼拝堂の様子が変だよ。鍵がかかって入れないんだ」
その報告に一同は顔を見合わせる。ただ一人ビュッカだけが神妙な顔になり礼拝堂の方向を見やる。
「今日は司祭様にとってはお辛い日だ。誰にも邪魔されず静かに祈りたいのかもしれない。見回りは外だけにしておこう」
皆もしんみりとした顔で頷き、再びTVに向き直った。
隊列は帝国旗を振る民衆に迎えられ、高層ビルや銀行が立ち並ぶ新大通りを抜ける。そこから大きな劇場と噴水のあるロータリーに出た。
『神話の時代をモチーフにしたこの噴水も、今日はいつもより高く水しぶきを上げているように見えます! パレードはこのままロータリーを回り、先月出来たばかりのモールへと向かいます』
画面には再び大きくリシュアの横顔が映り、部下たちも立ち上がって歓声を上げる。
その横顔がオープンカーの運転手へ何かを告げた。それが何度か繰り返された後、車がぴたりと止まった。
突然のことに観衆がざわめく。
先導していたバイクを置き去りに、オープンカーはロータリーを外れ西へと続く道へと走り始めた。歩兵たちはしばしの間隊列を乱しうろたえていたが、すぐに整列しなおして先を進む車を追った。続いて騎馬隊、戦車がその後を続きロータリーにはバイクだけが取り残された。
『ここでハプニングです! パレードが! 予定にないコースに入り込みました!』
各局が我先にと、この異例の事態をカメラにおさめようと後を追う。
「ちょっと中尉、何してんのさ!」
ユニーが頭を抱えて悲鳴を上げた。
「道に迷ったのか? 迷子なのか?」
ムファもただおろおろと映像を見守るだけ。
後は皆息を飲んで実況を見つめていた。
リシュアが率いる隊列は西道路を抜けて、一路カトラシャ寺院へと向かっていた。彼にとっては予定通りのコースだ。4社のTV局のカメラが執拗についてきている事は予想外だったが、さして問題はないだろう。
寺院に近づくにつれて、空には雲が渦巻き不穏な風が吹き始めた。いつもの寺院周辺の謎の強風だ。しかしこれは予想の範囲内。
この程度の風なら、まだ寺院へとかかる橋を通ることは可能だ。橋の強度から考えて戦車が通るのは難しいが、橋の下からでも寺院は戦車の射程内。全てがほぼリシュアの計画通りに進んでいた。
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