第17話 それぞれのランチタイム
「……という訳なんだ。信じられないかもしれないが、賭けてみてもいいんじゃないかと俺は思うんだがな」
ランチを買ってきて欲しい、という口実で人払いをかけたオクトのオフィス。部屋の主は難しい顔をしている。
「にわかには信じがたいな。能力を吸い上げる塔や呪文なんて、まるでオカルトじゃないか」
「そもそも異能者自体がオカルトじみてるだろ。俺たちは伝説や神話の世界に既に触れているのかもしれない。それは認めるだろう?」
友の言葉にオクトは渋々頷いた。
「愉快犯というか、快楽殺人を行う男は一人いる。目を合わせると人を操ることができるんだ」
能力自体はそれほど強いものではない。強いのはその殺傷への欲求だ。オクトは言葉を継ぐ。
「人は常に危険と隣り合わせで生活している。すぐ横を車が行き交う歩道、踏切や歩道橋。しかし自分から飛び込まない限り、我々は安心して通ることができる」
その後に継がれる言葉を想像して、リシュアは眉根を寄せる。
「その男は人々に「あと一歩」を踏み出させるんだ」
自分の意思に反してふらりと車道に、線路にと誘いこまれた人達は──。
「それを快楽目的でやっているのか。そいつこそ「実験」にふさわしいな」
吐き出すようにリシュアが呟く。オクトは黙ったままだが、否定もしなかった。
「どうやら呪文の解読はほとんど終わっているらしい。あとはその危険な男を寺院に連れて行った場合の、皆の安全をどう確保するか、だな」
「大丈夫だ。拘束して専用のマスクで目隠しをすれば、奴は能力を発動できない。念のために子供達など関係のない者たちは、寺院から避難させた方がいいとは思うが」
そこまで話したところでオクトの秘書が帰ってきた。新鮮な野菜とチーズ、ハムなど具がずっしりと詰まった人気店のサンドイッチを受け取り、彼らは昼食に集中することにした。
***
一方、遠乗りを楽しんでいるのはアンビカとその婚約者候補のキルフだ。細い山道を抜け、旧市街を広く見渡せる小高い丘まで来ると、馬を下りた。そしてマニが持たせてくれたバスケットに入った昼食を取り出して、ブランケットの上に並べる。
「乗馬も上手なんて驚いたわ」
眺めが綺麗という理由ではあったが、少し意地悪をしたくもあり選んだ今日のルート。勾配もあり複雑な道だ。
それを軽々と乗りこなすキルフにアンビカは正直舌を巻いていた。
「古い友人が乗馬好きで」
キルフは控えめに笑う。笑顔が眩しくて、彼女は僅かに目を細めた。
「さあ、頂きましょう。どれも美味しそうです。マニさんはお料理が上手なんですね」
エビとブロッコリーのサラダ、チキンの香草焼き、南瓜を練り込んだデニッシュ生地のロールパン。マニの愛情がこもったランチを、キルフは実に美味しそうに食べる。
彼が持参した年代物のワインも開けグラスに注ぐ。
「改めて新年おめでとう」
キルフがグラスを掲げた。アンビカもそれに倣う。
「おめでとう。今年も良い年でありますように」
キルフと居るときの自分は何故か素直だ。肩の力が抜けた自分は嫌いではない。即ち彼と居ることが心地良かった。
「今度うちに来ると良いわ。父も一緒に3人で夕食でもどう?」
言ってから驚く。社交辞令を除けば、今まで自分の家に誰かを誘ったことなどない。そもそも、気難し屋で知られる父と食卓を囲みたいと思う人間がいるだろうか。アンビカは不安になる。
しかし彼はにこやかに何度も頷いた。
「有難う。光栄だなあ、ドリアスタ侯爵と食事ができるなんて。今から楽しみだよ」
その言葉にアンビカはどれだけほっとしただろう。
マニの料理、そして父。彼女にとって大切なものに好意を抱いてくれる事が何より嬉しかったのだ。
会う度にキルフに惹かれていく自分に気付き始めていた。
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