第16話 解読

「終わっちゃいましたねー、ラムザ祭」

 

 ユニーが名残惜しそうにぽつりと呟き、見回りの準備を始めた。ここルナス、特に旧市街においては年越しの瞬間よりも、ラムザ祭の始まりと終わりを盛大に祝う風潮がある。それが終わってしまって日常が始まると、急に目が覚めたように現実に引き戻されるのだ。


「祭りは終わったが、まだフルーツケーキが残ってるから好きなだけ食え」


 リシュアが言うと、ユニーは若干うんざりした表情を浮かべる。この5日間、フルーツケーキは嫌というほど食べまくったからだ。


「ラムザ祭は大好きですけど、フルーツケーキを皆が持ち寄る風習だけは頂けませんね。食べきれないほど集まっちゃいますから。ほら、まだこんなに!」


 ユニーが指差す先には、籠の中に入った大きさも形も違うフルーツケーキの数々。しっかりとした生地に甘いドライフルーツがたくさん入っており、食べ飽きた後これを完食するのは至難の業だ。


「まあそう言うな。残ったら冷凍しておけばいいだろう。今前線にいる軍人たちは、ろくなものも食えずに戦ってるはずだぞ」


 説教じみたことを言うのはリシュアのスタイルではなかったが、過去の経験から思わずそんな言葉が漏れた。


「……そうですよね。すみません」


 ユニーは恐縮して小柄な体をさらに小さくする。

 その姿にリシュアははっとする。


「ああ、まあそう気にすんな。実際お前の言う通りだよ。確かにこりゃ多すぎる」

 

 説教なんて俺も年を取ったかな、などと小さく呟いた。


「子供達はまだまだ食べ盛りだから、持って行ってみるかな」


 本音はいつもと変わらず司祭に会いに行く口実なのだが、近頃はその自覚もなくなっていた。


「そうですね。子供は甘いものが好きですし」

 

 言いつつユニーは見回り前にと、はちみつがたっぷりかかったパンをつまみ食いしている。


「そうだな。お前の言う通りだ」

 

 苦笑して、リシュアは籠を片手に警備室を後にした。



 ちらつく雪を避けて廊下を通り移動していると、前方に人影が見えた。2つの人影。それは司祭と司書のメイアだった。


「こんにちは」

 

 どちらへともなく挨拶をすると、二人ともにこやかに挨拶を返してきた。


「あら、いいところに来たわね」

「こんにちは。丁度中尉さんのお話をしていたところです」

 

 どきりとする。いや、別にやましいところはないのだが。多分、きっと。


「あはははは、一体何の話ですか」

 

 知らず知らず声も裏返る。


「とても頼りになる方だと」と司祭。

「見た目によらずってね」ウインクして見せるのはメイア。

 

 見た目によらずは余計だ、と思いつつも、女遊びの激しかった事をばらさないでくれたメイアに、リシュアは心の中で手を合わせる。


「で、実際は何の話をされていたのですか?」


 メイアも、わざわざリスクを犯してリシュアの話をしに来たとは思えない。塔の話に違いなかった。


「司祭様のおかげで本の解読が進んでいるのよ。今日も大発見があったわ」

「大発見?」

 

 オウム返しに尋ねると、メイアはにっこりと笑い、やや興奮気味に話し始めた。


「塔にいくつかある魔法陣の一つは、「天女のかけら」達の能力を吸い上げる力があるみたい。今はその呪文を解読しているのよ」

「へえ、吸い上げるっていうのは一時的に? それとも永遠に?」


 リシュアは身を乗り出して、開かれた本を覗き込む。いくつか知っている古代文字もあるが、大半は解読不能だ。本自体が古いという可能性もあるが、所謂いわゆる暗号的に様々な言語を織り交ぜて書かれていると思われる。


「それも含めて解読中なんだけど、多分恒久的にだと思うわ」


 メイアは熱心に本に視線を落としている。


「こいつを読み解いたのかい。凄いね」

 

 思わず漏れたのは、感嘆の声だった。


「ほとんどは司祭様が解読されたのよ。司祭様の知識は本当に素晴らしいわ……」


 メイアは頬を上気させながら、興奮気味に笑みを浮かべている。こういう姿を見ると、世の女性たちにとって司祭は美しく神聖な崇めるべき男性なのだと実感し、何とも複雑な思いになってしまう。


「子供のころから先代の司祭様に教わったおかげです。歴史や学問にとても造詣が深い方でしたから」


 司祭ははにかんで答える。

 そんな様子を目を細めて眺めながら、リシュアはふと呟いた。


「じゃあ、誰か実際に力を手放したい人で試してみたいな」

 

 その言葉にメイアもうなずく。


「そうね。それもいいけど、実際人体にどんな影響があるか分からないわ。能力を悪用しているような、犯罪者あたりで様子を見てみたい気はするわね」


 所謂人体実験だ。メイアも言葉を選んで提案をする。リシュアはオクトの顔を思い浮かべていた。

 異能者の犯罪を追っている親友。彼ならば、刑期が終わればまた罪を犯すと思われる凶悪犯などにも詳しいだろう。


「そっちは思い当たるツテがあるから、少し待っていてくれないか」

「ええ、お願い。酷いことを言っているのは自覚しているつもりだけど。儀式が有害でないと分かれば、能力のせいで苦しんでいる人達を普通の人間にしてあげることが出来ると思うの」


 メイアは真剣な表情で力説した。たとえ犯罪者とはいえ、一人の人間を実験台のように扱うというアイデアは最悪かもしれない。しかし、彼女の周りには自分の能力で苦しむ「天女のかけら」が多くいるという。更に異能者はイリーシャにも狙われやすい。彼女の訴えももっともだとリシュアには思えた。

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