第26話 揺れるブランコ

 寺院へ向かう途中、デパートで箱入りのチョコをいくつか購入した。

 クラウスのことを妬んでいても仕方がない。自分は自分なりに彼らと親しく接していくしかないのだ。


 内乱でチョコレートのような菓子は品薄になっている。新都心でも高級店にしか置いていないものだ。最近出費がかさんでいて少々痛手ではあったが、司祭や子供達が喜ぶと思えば気にはならなかった。



 彼らが喜ぶ顔を思い浮かべながら、浮かれた気分で裏庭へ続く木戸をくぐる。そこでリシュアはふと立ち止まった。遠くから司祭の笑い声がする。一体何事かと、怪訝そうな顔で奥へと進んだ。


 裏庭の隅のクラウスが作ったブランコに、司祭とクラウスの後ろ姿があった。二人は仲良く並んでブランコの椅子に座り、楽しそうに揺れていた。クラウスの横顔が何か話すと、司祭が声を上げて笑う。それはリシュアでさえも滅多に聞かないような楽しそうな笑い声だった。


 リシュアの心に強い感情が湧きあがる。それは激しい嫉妬だった。

 彼は怒りを堪えて唇を噛んだ。もはや見ていることが苦痛になり、逃げるようにキッチンに駆け込んだ。誰もいないキッチンのテーブルの上にチョコの箱を置き、そのままその場を後にした。


 愛する司祭と自分の居場所を、同時に奪われたような気分だった。怒りとも悲しみともつかない感情が渦巻いて、思わず叫びだしそうになりながら早足で廊下を進んだ。

 そのまま塔へと向かう。昼でも塔の中は薄暗く、天窓から差し込む光の柱の中に細かい塵がきらきらと舞っている。


 リシュアは、司祭に告白したあの夜のことを思い出していた。あの日確かに、司祭は自分の腕の中にいたのだ。こんなにも早く、あの誓いが危ういものになるとは思ってもいなかった。

 あの言葉はなんだったのだ。ここで二人は確かに塔の祝福を受けたではないか。


 しかし昼の光に照らされた塔は、白々と無機質な顔を崩そうとはしない。リシュアは祭壇に目を移した。

 祭壇に、ルニスの花が1輪置かれている。

 あの日以来、毎日欠かさず司祭が祈りを込めて祭壇に捧げているものだ。白い花びらから黄色い雄しべが覗き、甘い香りは一晩置かれたままでもまだ強く香っている。

 

 リシュアは祭壇に歩み寄ると、そのルニスの花を片手でぐしゃりと握りつぶした。花粉がリシュアの左手を黄色く汚す。そのまま両手で茎を折り丸めると、床の上に打ち捨てた。


 怒りをぶつけるには、あまりにもか弱い花。あまりの手ごたえのなさ。リシュアは床に落ちた花の残骸を、気が抜けたようにぼんやりと見つめた。そのままのろのろと折れたルニスを拾い上げ、庭に抜ける通路に向かった。




 塔から出ると、林の方から両手に籠をかかえたイアラが歩いてくるのが見えた。見つかる前に立ち去ろうと、歩みを早める。しかしその前に、イアラはリシュアを見つけて駆け寄ってきた。


「見て、今日はこんなに茸が採れたわ。美味しいシチューを作るから食べに来て」


 そう声を掛けてから、ようやくいつもと様子が違うことに気がついたようだ。リシュアをしげしげと眺め、彼が手にした花の残骸に目を留める。


「やだ。いくら嫌いだからってそんなにしなくたって……」


 何も知らないイアラは、呆れた声を出す。リシュアはどう答えていいのか分からずに、顔をしかめたままぼそりと呟いた。


「ルニスの花は嫌いなんだ」


 イアラは肩を竦めて歩き出した。リシュアも花の残骸をぽいと後ろに放り投げて、その後を追う。イアラはいつもと変わらず接してくれている。それが彼は嬉しかった。



「最近の司祭様はちょっと変わられたわ」


 ふいにイアラが呟いた。


「そうかな」


 心を読まれたような気がして一瞬どきりとしたが、平静を装ってリシュアは答える。


 イアラは大きく頷いて、首だけをリシュアに向けた。


「ちょっとあのクラウスって人に対して、過保護すぎると思うのよ。なんだか……」


 言葉を切り、前を向いて言葉を繋いだ。


「なんだか司祭様を取られたみたいで……。ちょっと、やだな」


 その声は明らかに不満げだ。リシュアは思わず表情を緩める。


「……そうだな。お前はそう思うかもな」


 知らずと顔が笑みを浮かべていた。イアラのむくれた顔を見ていると、気が軽くなる。少なくともイアラは自分と同じ気持ちでいるらしい。それを知っただけでもかなり気分は楽になった。

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