第25話 大事な会議

 その日リシュアは、パレードに関する会議で本部に呼ばれていた。会議自体は、関係者の顔合わせと資料の読み合わせという非常に退屈なもので、リシュアはすっかり飽き飽きしていた。


「パレードに参加する兵士の大部分が経験者であるから、それほど指揮は難しくないだろう。ただし今年は20周年ということでコースを一部変更する予定だ。その部分だけ各自しっかり把握して努めるように」


 赤毛の髪に顎鬚を短く揃えた大佐が会議所をぐるりと見渡す。報道担当主任の少佐が挙手をして立ち上がる。


「コースの変更についての詳細が、いまだに知らされていませんが……」


 大佐は後ろ手のまま頷き、質問した少佐を鋭い目で見つめる。


「現在内乱による暴動やテロの危険性を考え、コースの変更部分の発表は年が明けてから行われる。各自そのつもりで対応するように」


 会場がざわめく。大事なパレードに、重要なコースがぎりぎりまで発表されないというのは非常に問題があるだろう。


「他に質問はあるか?」


 場が静まる。納得がいかないとしてもそれを口に出せる者はいなかった。


***


 閉会の挨拶があり、各々が会議場を出て行った。

 その中にはオクトの姿もあった。リシュアに向かって小さく手を上げて歩いてくる。


「やあ。お前居眠りしてたろ」


 開口一番指摘されて、リシュアはバツが悪そうににやりと笑った。


「何だよ、見てたのか」

「あれだけ皆が背筋伸ばしてる所で船漕いでりゃ、そりゃあ目立つさ」


 愉快そうに笑うオクトに肩を竦めて見せ、リシュアは首をコキコキと鳴らした。


「あーしかし、本当につまらん会議だった。あんなもん各自が資料見ておけば済む話だろうが。なんでこう役所ってのはムダな仕事が多いのかね」


 続いて両手を伸ばして大あくびをする。


「一度に説明して、一度に質問を受け付ければ楽だからだろ。まあ、こういうのもムダに見えて大事なことさ。たまには我慢しろ」


 苦笑しながら、オクトは軽くリシュアの背を叩く。


「まぁなぁ。しかし肝心のコースの説明がないってのはどうなんだ? 準備も何もあったもんじゃないだろう」


 そんなリシュアをじっと見つめてオクトは真剣な表情になる。


「なぁ、リシュア。この任務はかなりデリケートだ。受けた以上はかなりの覚悟がいるぞ。あまり逆らわずに真面目にやった方がいい」

「こんなお祭り騒ぎがか? お前も心配性だなぁ」


 リシュアは呆れたように笑う。しかしオクトは声を低くして更に続けた。


「今回はそれだけじゃない。内乱はもちろん、最近世の中が貴族や皇帝への懐古主義に変わってきている事や、それに乗じて貴族達が復権への動きを見せていることを軍は面白く思っていない。はっきりとしたことはわからないが、何か大きな動きがあるかもしれない。くれぐれも目をつけられるような事はするんじゃないぞ」


 リシュアはそれに対して、ただ口の端を上げて答えた。


「まぁ、お前からの忠告だ。有難く受け取っておくよ。それより折角会ったんだし、遅くなったけど昼飯でも一緒にどうだ?」


 友の誘いに笑顔を返しつつ、申し訳なさそうにオクトは首を振った。


「悪い。ちょっとトラブルがあって、すぐ戻らなきゃならないんだ。また今度な」


 そうして固く握手を交わすと、慌ただしく早足に去っていった。


「……相変わらず忙しそうな奴だ」


 リシュアは頭を掻きながら息を吐き、親友の背を見送った。


***


 オフィスに戻るとミレイが忙しそうにタイプを打っていた。


「あ、中尉お疲れ様でした。会議どうでした?」


 ひざ掛けを取って立ち上がり、手早くコーヒーを淹れると、リシュアの前に置いた。


「特になんていうことはなかったなあ。実につまらなかった」


 ミレイは短くため息をつく。


「まぁ、どうせ居眠りでもされていたんでしょう。寝起きの顔してますよ」


 秘書に指摘され、リシュアは思わず苦笑いを浮かべて両手で頬をさすった。


「聞くだけムダな会議さ。俺だって警備で疲れてるんだ。いい休憩になったよ」


 にやにやと笑って答え、熱いコーヒーに口をつける。ミレイはそれ以上言うのをやめて席に戻った。


 リシュアがこのパレードの担当に任命されてから、彼女はすこぶる機嫌がいい。寺院の警備に加えてこのパレードと、昇進を約束される任務が立て続けに舞い込んで来たのだ。自分の待遇にも影響がある以上、浮かれるのも当然の事かもしれない。


 リシュアもそのおかげで、普段うるさい秘書の小言を聞かずに済んでいることにほっとしていた。


「なぁ、今そんなに貴族や皇帝が人気なのか?」


 ミレイは驚いた顔でリシュアに向き直る。


「やだもう。知らないんですか? 今世の中は皇帝の唯一の後継者──フィルアニカ様を、もう一度国のシンボルとして掲げようって勢いですよ。クーデターで実権は軍のものになりましたけど、国はまだ帝国のままじゃないですか。諸外国には今の体制を良しとしない国も多いですし。それを考えるとやはり対外的にも皇帝が必要なんじゃないかっていう意見が増えてます。いつまでも司祭様を寺院に閉じ込めておくことに批判的な政治評論家も、最近はよくTVに引っ張り出されてますしね」

「へぇ。世の中はそんなことになってるのか」


 ミレイは呆れたように言う。


「中尉まで寺院に引きこもっちゃって、世の中に疎くなられちゃったんじゃ困りますよ。ちゃんとニュースくらい見てください」


 彼女が見ているのは、ニュースはニュースでもゴシップニュースの類だろう、と思わず突っ込みたくなるのを我慢して、リシュアはコーヒーを飲み干した。

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