第27話 忠告
夕方になり、司祭が礼拝に来た信者の応対をしているのを確認して、リシュアはクラウスの部屋を訪ねた。
「入るぞ」
ぶっきらぼうに声を掛け、リシュアはクラウスが寝泊りしている部屋に入る。
「やあ、今日は一緒に夕食を取るんだってね。たまには中尉さんともっと話したいと思ってたんだ。楽しみだよ」
クラウスは人のいい笑顔でリシュアを迎え入れた。この笑顔を向けられると、ついつい気持ちが挫けそうになるのだが、今日はもう譲歩するつもりはなかった。一向に記憶が戻る様子が見えない事に苛立ちを感じ、もう我慢も限界だった。
「お前に聞きたいことがある」
ドアを後ろ手に閉め、勧められた椅子に座ることもなくリシュアは切り出した。
「ん? なんだい? 俺で分かることなら何でも聞いてよ」
リシュアは黙ってポケットから銃を取り出した。あの日塔の近くの林の前で拾った銃だ。
「うわぁ、なんだか物騒なものが出てきたね」
クラウスは驚いたように目を丸くした。
「お前が倒れていたところの近くでこれを見つけた。見覚えはないか?」
クラウスは意外そうにリシュアの顔に目を移した後、再び銃を見つめた。その目は記憶を探るようで、ただ黙って吸い込まれるように銃を見つめ続けていた。
ふっ、と眉間に皺が寄り、軽く唇を噛む。
「……分からないな。何だか見覚えがあるような気もするけど、思い出せない」
「見ただけで駄目なら手に取ってみろ」
リシュアは銃をクラウスに手渡した。クラウスは恐る恐る銃を両手で持ち、重さを確かめてみたり顔を近づけて細工を眺めたりしてみた。
「ごめん。やっぱり分からない。俺も早く記憶を取り戻したいんだけどな……」
呟くクラウスは不安そうだ。やはり記憶がないというのは心もとないのだろう。
「まあ、焦っても仕方ないか。これはお前が持っていろ。弾は抜いてある。手元に置けば思い出すこともあるかもしれんからな」
そう言ってリシュアは、クラウスの手に美しい銃を握らせた。
「それからお前に話しておくことがある」
リシュアは睨みつけるようにクラウスを見た。クラウスは不思議そうに見返している。
「……役所でライザ・クラウスという名前を探した。だがお前と同じ特徴の男で、その名前の人間は存在しないことが分かった。つまり、お前の本当の名前はクラウスじゃないってことだ」
クラウスは目を見開いた。名前さえ本物でないことが、かなりショックだったようだ。
「俺は何者なんだ……」
困惑するように俯き、小さく呟く。リシュアはそんなクラウスを冷ややかに見つめる。
「偽名を使って侵入してきた。しかも銃を持っていたかもしれない。記憶がないとはいえ、そんな奴を司祭様に近づけるのは本来認めたくない。司祭様がお前を信じきっているから、仕方なくこうしているだけだ。お前からは一切司祭様に近づくな。記憶が戻ればここを出てもらうんだからな」
個人的な感情が含まれていないといえば嘘になる。しかしリシュアは本心からクラウスを警戒していた。
クラウスは暫くじっと何か考え込んだ後、ふっと顔を上げてリシュアを強い視線で見つめた。
「……確かに俺は記憶もないし、自分が何をしにここに来たかも分からない。同性愛者って訳でもない。ただこれだけは言える。俺は司祭様が好きだ。あの人を傷つけるようなことは決してするはずがない」
好き、という言葉にリシュアは眉を顰める。
「それでも俺は信用しない。司祭様に近づくな。最近の馴れ馴れしい態度は目に余るぞ」
もはやこうなるとただの嫉妬だ。クラウスもそれを感じ取ったらしい。困ったように笑った。
「好きといっても恋愛感情ではないよ。人として敬愛しているって意味さ。恩返しがしたいだけなんだ。中尉さんはどうだか知らないけどね」
「なっ……。何を言ってる?」
にやりと笑うクラウスに指摘され、リシュアは顔を赤らめて口ごもった。黒髪の男は、澄んだ黒い瞳で真っ直ぐに見つめてくる。
「俺が言う話でもないけど、司祭様が好きなら立場や性別なんか気にしないで、ストレートにアタックすればいいんじゃないかな」
痛いところを突かれて、思わずムっとする。事はそう簡単ではない。そもそも目の前の男が、司祭の罪悪感や保護欲を掻き立てているせいなのだ。司祭はべったりと付きっきりになり、リシュアが入り込む隙がなくなってしまっている。だがそれを言うのはリシュアのプライドが許さない。
「余計なお世話だ」
言い捨てて、リシュアはクラウスの部屋を後にした。
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