第23話 レストランにて
今日は、最近出来たばかりの人気のレストランを予約していた。新都心一の名ホテルのシェフが独立して作ったということで、予約をとるのにも随分と苦労した。早い時間は予約が一杯で、この遅い時間にようやく席をとることができたのだった。
しっとりとした石畳と、煌めくイルミネーションの庭を抜けて、店の入り口に着く。メイアをエスコートしてドアをくぐったリシュアは、1組のカップルとすれ違う。特に注視しなかったのだが、コートを脱ごうとした手がそのカップルの男性の肩に触れた。
「おっと、失礼」
その声に、連れの女性が振り返った。その女性と目があったリシュアは、思わず声をあげた。
「あ……」
連れの女性はアンビカだった。彼女もすぐにリシュアに気付いたようだ。そして素早く隣のメイアにも視線を送る。
「ん? 知り合い?」
アンビカに声をかけたのは、ダークブロンドの髪にオリーブ色の瞳の人の良さそうな青年だ。リシュアはどこかで彼を見たような気がして首を捻った。
「え? ああ、仕事でね。……行きましょう」
素っ気無い素振りで目礼だけして、アンビカは連れの男の腕を引いて出て行った。
彼らが出て行った後、リシュアはようやくその男のことを思い出した。
「ああ、銀行の……」
以前ミイラ化した状態で発見された、銀行員のトーラス・ヘインについて質問をしに行ったアウシュ銀行の若い相談役、名前は確かルドラウトとか言っていた。奇妙な縁もあったものだとリシュアは肩を竦めた。
メイアはアンビカのことは気にしていないようだった。何もなかったように振舞う彼女を、リシュアは有難く思った。
食事の間も、天女やその伝承などについてメイアは色々と説明してくれた。今の彼女はすっかりそちらの方面に興味が傾いているようで、時折フォークを持つ手が止まるほどだった。
とはいえリシュアも、近頃は独自にルナス正教の伝承などについて調べていたので、もたらされる情報に目新しいものはなかった。
***
2時間程で2人は食事を終えた。
レストランの料理は噂に違わずとても美味しく、リシュアもメイアも満足げに店を出た。
いつも通りメイアを家の前まで送る。玄関で二人は微笑みあった。
「ごちそうさま。楽しかったわ」
「ああ、俺も楽しかった。それじゃ研究頑張って。無理はしないようにね」
リシュアはメイアの額に軽くキスをする。
メイアは上目遣いにリシュアを見て、ちょっと意地悪っぽく笑った。
「ね。好きな人ができたでしょ」
いつもながらメイアの言葉にはどきりとさせられる。言葉に詰まってぎこちない笑みを浮かべていると、メイアは嬉しそうに笑った。
「いいのよ。あなたとは良いお友達でいたいわ。その人と上手くいくといいわね」
そうしてちょっと背伸びをして、リシュアの柔らかい髪を優しく撫でた。
リシュアは嬉しかった。
彼女のような知的で明るい美女と、こういう良い関係を保てることがとても有難いと思った。一時は進展しない関係に焦れたこともあったが、結果としてそれが良かったのだろうと思う。
二人は軽いハグを交わし、握手をして別れた。
***
自宅でシャワーと着替えを済ませて、リシュアは再び寺院に戻る。寺院は新都心の喧騒とは一転して、心地よい静寂に包まれていた。
リシュアは大きく深呼吸してから、庭を散策しはじめた。中央の庭を抜け、木立を過ぎて塔の前に辿り着いた。
オクトとこの寺院を訪れた時、妙な不安と息苦しさを感じたのを思い出す。この塔には一体どれだけの秘密が隠されているのだろう。
「特殊な石、か……」
メイアの言葉を思い出し、塔の外壁の石にそっと触れてみる。見た目は何の変哲もない古びた石だ。
しかし、リシュアの指がその石に触れたとき、僅かだが痺れるような、微かな痛みのようなものを感じた。彼は驚いて指を離す。
じっと指先を見たが、特になにも変化はない。もう一度恐る恐る触れてみる。今度は何も起きなかった。
「……気のせいか」
メイアの話を聞いて、少しナーバスになっているのかもしれない。
礼拝堂とは違い、特別な願いをする時に祈るこの塔。必ず叶うわけではないが、あの不思議な光に包まれれば、願いは受け入れられると言われているらしい。
腰に手を当てて塔を見上げた。これが司祭を苦しめる元になっているのだとしたら、何とかしなくてはならない。だが、今の自分に何ができるのか。改めてリシュアは己の無力さを情けなく感じていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます