第22話 塔と天女
新都心のいつものカフェに、メイアの姿があった。夕暮れのカフェは、会社帰りの人達で賑わっている。
時間通りに現れたリシュアは、メイアが座っているテーブルに近づき声をかけた。
「やあ。早かったんだね」
テーブルの上には何枚かの紙が置かれ、メイアは真剣な顔でペンを走らせていた。リシュアの声に気付いて顔を上げ、眼鏡を外す。ヘーゼルの瞳が優しく微笑んだ。
「ええ。ちょっと調べ物があったから」
「へえ、……何だいこりゃ」
メイアの手元を覗き込んで、リシュアは思わず奇妙な声を上げた。
見たことのない複雑な文字と、何かの図面。もう一枚には、魔法陣のような怪しげな模様。
「ああ、これね。前にカトラシャ寺院の石組みについて書いてある古書を買ったって言ったの覚えてる? これはその写しなんだけどね」
言われてみれば、以前やはりここで待ち合わせした時に、大きな本を抱えていたな、とリシュアは思い出した。
「調べてみたら色々と面白いことが分かって。でも大事な部分が全部難しい言語で書かれていて、翻訳に苦労してるのよ」
確かに見たこともない文字だ。リシュアは歴史や古典に興味があったので、学生の頃は色々習ったものだが、その中のどれとも似つかない特殊な文字に見えた。
「かなり古い時代の神官文字だってことだけは分かったんだけどね。この文字に詳しい人がいなくて。一番近い言語と比較しながら今翻訳をしているところよ」
コーヒーが運ばれてきた。添えられたクッキーを齧りながら、メイアの手元を覗き込む。
「それで、何か面白いことでも分かった?」
「ええ……それでちょっと聞きたいんだけど……」
覗きこんできたリシュアにこちらも顔を近づけて、メイアは声のトーンを落とす。
「司祭様に、何か変わった体質や能力はないかしら? 何か知らない?」
その言葉に、リシュアの表情が固まる。
「……何でいきなりそんなこと聞くんだい?」
平静を装い、コーヒーを口に運びながら質問で返す。
「塔について調べてみたの。そしたらあれがとんでもないものらしいってことが分かったのよ」
メイアも
「塔に使われている石は特殊なもので、天女の力を増幅させる効果があるらしいわ。しかもその石組みの方法が変わっていて。ほら、この魔法陣があるでしょう? これとほぼ同じ効果を持たせるように組んであるらしいの」
「……ふうん」
リシュアは目をぱちくりとさせる。魔法陣。そんな怪しげなものがメイアの口から出てくるのが、どうにも違和感を感じて仕方がなかった。
メイアは探るような目で、リシュアの険しい顔を覗き込む。
「司祭様が天女かもしれないって噂は、結構その筋では有名なのよ?」
「有名……? その筋ってなんだ?」
リシュアは思わず苦笑した。
「古代の歴史や文明を調べていくと、天女の力を使った魔法のような力に行き着くわ。だから研究者の中には、オカルトじみた研究に進んでいく人も多いのよ」
「へぇ……」
そういう超自然現象の話は、いつの時代でも人々の好奇心をかきたてる。怪しげなTV番組や雑誌は目にしたことはあったが、リシュア自身司祭に会い、異能者と触れ合うまでは眉唾にしか思っていなかったことだ。しかし自分の目の前にいる研究者であるメイア自身、人の心を読めるという異能者なのだ。
そんなことを考えながら、同時に彼は迷っていた。メイアのことは信用できる。しかし司祭の秘密を話すのはリスクが大きすぎはしないだろうか。
「確かに体のつくりは常人とは違うようだな」
遠まわしな言い方でリシュアはまず答えた。
「そうなの。やっぱりね。病気や怪我もしないんじゃない?」
言い当てられてリシュアはどきりとした。
「何でそう思うんだい?」
心はもう読まないと約束したのだから、他に何か根拠があるのだろう。
「それが言い伝えられている天女の特徴だからよ。他の天女のかけらとは、そこが大きく違う。怪我をしても、一度死んだように見えても、必ず無傷まで回復する。複数の伝承にもそれは記されているの」
するとやはり司祭は天女なのだろうか。宗教上の架空の存在だと思っていたが、こんなに身近にいたのだろうか。
「司祭様が本物の天女だとして、その塔と何の関係があるんだい?」
明確には答えないまま、リシュアは質問を続ける。
メイアは魔法陣と塔の石組みの絵を見せて難しい顔をした。
「ほら、この石組みが魔法陣と同じ働きをするって言ったでしょ? これは天女の力を引き出した上で、吸い取って蓄えるためのものらしいの。しかも更に螺旋状になっていることで、その効果は何倍にもなるわ。司祭様が天女だとしたら、全くとんでもないところに閉じ込められていたってことよ。その能力が何かはわからないけど、自制も効かずに暴走しているんじゃないかしら」
その言葉を聞いて、ようやくリシュアは司祭の夜の行動を理解した。あのように新月の度に彷徨って生き物を襲うのは、あの塔のせいだったのか。そのために司祭が苦しんでいるのだとしたら、なんと気の毒なことだろう。
リシュアは一つ呼吸を置いて、コーヒーを一口飲むと真剣な顔で告げた。
「君の言うとおりだ。司祭様には特別な力がある。……それをここで言うわけにはいかないが、そのせいで司祭様はお困りになっている。なんとかする方法はないかな」
メイアは資料の紙をじっと見つめ、自分のメモに目を走らせる。そうして短く息をついた。
「ごめんなさい。まだそこまでは分からないわ。もっと色々と調べれば分かるかも。翻訳も続けてみるわ。何か分かったら必ず連絡するから」
店はますます賑わってきていた。
「有難う。……じゃあ、そろそろ出ようか」
リシュアが立ち上がり、メイアもそれに続く。時間はもう8時を過ぎていた。
「そうね。ちょっとお腹がすいたわ」
今日はリシュアがメイアを食事に誘ったのだった。勿論もう下心はない。カタリナ・ルミナの警護で世話になったお礼のつもりだった。
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