第17話 捜索

 照れ隠しなのか、司祭は電話に駆け寄ると受話器を取った。一方リシュアは無粋な電話をかけてきた相手を心の中で呪詛した。


「中尉さんに御用だそうです」


 急に司祭が振り返った。不満そうにむくれていた顔を見られたのではないかと慌ててリシュアは笑顔を作った。そのまま歩いて司祭から受話器を受け取る。


「……俺だ。どうかしたのか」


 動揺を悟られないように受話器に向かって短く答える。


『中尉、そちらにいらっしゃったんですね。よかった。』


 聞こえてきたのはユニーの情けない声だった。


「何かあったのか?」

『はい。さっき橋の検問所から報告があって。寺院に入った人数と帰った人数が合わないそうなんです。一人寺院の中に残っている可能性があるみたいです』


 その言葉にリシュアは一瞬で仕事の顔に戻る。


 橋の検問所、とはリシュアがここに赴任してくる前にオクトの頼みで強盗の狙撃をしたあの場所だ。

 現在ミサは行われていないが、祈りを捧げるために毎日それなりの人数の信者が寺院を訪れている。


 この検問所では入った人数と出た人数を毎日チェックしている。それが合わないということは怪しい人物が侵入したままになっている可能性も考えられるのだ。


「今行く」


 短く答えて受話器を置いた。

 そして司祭に向き直り、肩に手を置いてゆっくりと語りかけた。


「少し警備上で気になることがあったようです。念のために全てのドアに施錠をして下さい。私以外、誰が来ても鍵は開けないように。いいですね。子供達にも伝えておきますから」


 司祭は緊張した面持ちで小さく頷いた。


「それと、今日は新月でしたね。深夜には間に合うように戻って来ますから」


 司祭の夢遊病を知って以来、リシュアは新月の前後数日は必ずここで寝ずの番をしていた。時々ドアを開けて彷徨い出ようとすることもあったが、リシュアの働きによって今のところは何事もなく済んでいる。


「はい。お戻りをお待ちしております。どうぞ気をつけて」


 不安げな司祭に微笑みかけて、リシュアは部屋を後にした。



***



 心細そうに立っていたユニーを連れて、警備室に戻る。中にはアルジュが待っていた。

 

「中尉、いらしてくださって助かりました。これが今検問所から受け取ってきた名簿です」


 アルジュが差し出したのは、検問所を通る際に記名する名簿だ。通った時間と氏名が書かれ、帰る際にチェックマークを記す。今日の来訪者の中で1箇所だけチェックのついていない名があった。


「ライザ・クラウス、か。男だな」

「はい。20代くらいの黒髪の男だったそうです」


 もちろん検問所の警備員がチェックを付け忘れただけという可能性もある。だが侵入者がいる可能性も消えないうちは、やはり油断ができない。


「アルジュ。検問所に名簿を返して、その後動きがなかったか聞いて来い。ユニーは子供達のところに行って事情を説明してこい。一箇所に集まって鍵を閉めておけとな。ただしあんまり怖がらせるなよ」


 手短に指示を与えてから、ビュッカとムファの家に電話をかける。寺院内は広い。捜索するには人手が多いほうがいい。


 即座に電話に出て対応したビュッカと、すっかり寝入っていたようで寝ぼけた声のムファにそれぞれ状況を説明して、すぐに来るように指示をする。


「さて、そろそろ司祭様の所に行かないとな……」


 時計を見て呟いた時、壁に掛けてあった無線機から切羽詰ったようなユニーの声が響いてきた。


「怪しい人影らしきものを発見しました! 現在地は寺院正面入り口から南に200m付近の木立の中です」


 聞くと同時にリシュアは懐中電灯と無線機を手に駆け出していた。

 



「見つけたか?」


 遠くにユニーの姿を認め、駆け寄って訪ねる。


「追いかけたんですが、この辺りで見失っちゃいました。暗くてあまり良く見えませんでしたが、あれは多分人影だったと思います」


 申し訳なさそうにおずおずと報告するユニーを責めるでもなく、リシュアは辺りをぐるりと見渡した。

 深夜ともなると寺院の庭は暗い。ましてや今は新月だ。古い懐中電灯と寺院から漏れる明かりだけでは限界があるだろう。探索は容易ではなさそうだった。


「ここからだと林が近いな。あっちに逃げ込んだ可能性が高いだろう」


 前方に広がる広い林を見つめてリシュアは目を細めた。

 そうしているうちに無線を聞いたアルジュもやってきた。


「林に逃げ込んだとしたら厄介ですね」


 黒髪の少年兵はいつもながらの感情のこもらない口調で短く呟いた。


「とにかく二人が来るまで、3人で探すしかないな。ユニーは西から、アルジュは東から回り込め。俺は真っ直ぐ進む。見つけたら捕まえろ。抵抗したら発砲しても構わん。だが、できれば殺すなよ」


 3人はそろりそろりと足音を忍ばせて林へと分け入った。落ちた枯葉や枯れ枝を踏む音だけが響く。不気味なほどに風は止んでおり、時折梟の声がどこからともなく聞こえるだけだった。


「なんだか薄気味悪いなぁ」


 ユニーが口をへの字にして、きょろきょろと見回しながら進んでいく。首を竦めて腰は完全に引けている。

 暫く歩いていくと、前方から微かに音がしたような気がした。ユニーの心臓の鼓動が早くなる。


 遠く暗い木立の間から、何かが動く気配がした。


「と、止まれ! そのまま動くな! う、動いたら、撃つぞ!」


 ユニーは銃を構えて、早足でその影に向かって行った。それは、やはり人影だった。手に何かを持っている。人影は手に持ったそれを、顔の前まで持ち上げた。


 ──銃だ!


 ユニーは総毛立ち、夢中で引き金を引く。が、弾は出ない。


「ちょっと。僕だよ」


 その時、ユニーの腰に付けた通信機から呆れたようなアルジュの声がした。


「……え?」


 パニックを起こしかけていたユニーは、友人の声でようやく我に返る。前方の人影が近づいてきた。それは無線機を持ったアルジュだった。


「全く。もうちょっと落ち着いて行動して欲しいものだなあ」


 アルジュは冷めた目でユニーを見つめて小さくため息をついた。続いて駆けつけてきたリシュアも、苦笑して二人の様子を見ている。


「なんで真っ暗な所を歩いてるんだよ! 懐中電灯どうしたんだよ!」


 一気に緊張が解けたユニーは、恥ずかしさに顔を真っ赤に染めてアルジュに向かって口を尖らせる。


「途中で電池が切れちゃったのさ。無線機でそう言おうとしたのに、いきなり撃とうとしてくるんだから」


 冷たく返されてユニーも言葉に詰まる。リシュアはユニーの銃を取り上げてから彼の頭を軽く小突いた。


「気をつけろ! 同士討ちになるところだ。それとアルジュ、灯りが切れたら動く前にその場ですぐ報告しろ。ユニーが安全装置を外し忘れる間抜けだから助かったんだぞ」


 痛いところを突かれてユニーは言葉もなくうなだれている。


「改めて演習が必要だな……さて、俺はそろそろ司祭様の様子を見に行かないと……」


 そう言って腕時計を見たリシュアの顔が固まった。時間は1時を回っている。気付かないうちに深夜を過ぎていたようだ。


「こりゃいかん。お前達は入り口でビュッカ達と合流してからもう一度林を探索しててくれ。今度は仲間同士で撃ち合うなよ!」


 そう言い捨てて、リシュアは走った。

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