第15話 部下たちのあれこれ
ハンドルを切りながら、リシュアはゆっくりと深呼吸をした。怒りを溜め込むのは好きではなかった。忘れよう。実家のことも何もかも。今の生活のことだけを考えればいい。
そんなことを考えているうちに道は寺院へと近付いていた。旧市街と新都心の間に位置するカトラシャ寺院。今自分がいるべきなのはあそこなのだと思い、リシュアの心はようやく落ち着きを取り戻した。
「お帰りなさいませ」
リシュアが警備室のドアを開けると、ビュッカとムファが待ち構えていたように視線を投げかけた。その目は中将に呼び出された件の顛末を話すことを暗に要求しているようだった。
「……パレードだとさ」
筒状に丸めた辞令をビュッカにぽいと放る。いぶかしげにそれを開いたビュッカと、後ろから肩越しに覗きこんだムファの目が見開かれる。
「うわーっ、すごいですね。おめでとうございます!」
ひどく興奮した様子のムファをじろりと見やって、リシュアはため息をついた。
「めでたいもんかね。あんな晒し者みたいな行列の何が嬉しいんだ。全くくだらん」
そんな上司の様子を見て笑いをかみ殺しながら、ビュッカは机の上で丁寧に辞令を平らに伸ばす。そうして改めて辞令を見つめながら笑みを溢した。
「それでも、中尉がこのような名誉ある任務に就かれるのは、我々にとっても鼻が高いことです」
それを聞いては露骨に嫌な顔もできず、リシュアは口をへの字に曲げたまま肩を竦めるしかなかった。
このニュースは交代でやってきたアルジュとユニーにも知らされた。
「わぁ、いいなぁ! 僕もやってみたいです、パレード!」
辞令を嘗め回さんばかりの勢いでまじまじと見つめて、ユニーは羨望のため息をついた。
「チビのお前が混じっても、人ごみに埋もれて誰からも見えないさ」
ムファに頭を小突かれて、ユニーは顔を赤くして口を尖らせた。
「過去に非常に小柄な将官が指名された時は特別に車ではなく馬に乗ったそうですよ」
見回りの準備をしながらアルジュが珍しく助け舟を出した。それを聞いてユニーが「ほらね」と言うようにムファに向かってにかっと笑いかけた。
「お祝いしましょうよ。ちょっと早めの昇級祝いです」
一方こちらは帰り支度のムファ。
「お前はそれにかこつけて飲み食いしたいだけだろう」
リシュアがにやりと笑うと、隣のビュッカがくすりと笑った。
「ははっ。ばれましたか? いいじゃないですか。ラムザ祭まではまだ間があるし、ここらで何かイベントがあっても。ねぇ?」
人懐っこく笑いかけてくるムファに「勝手にしろ」と言い捨てたものの、リシュアの顔は嬉しそうだった。
こうしてふざけて談笑できる部下達との時間はとても心地が良い。こうしていると、さっきの実家での出来事と不愉快な気分を忘れるようだった。
「年が明けると俺はパレードの事で呼び出されることが増えるだろうから、4人のシフトをうまく組んでおいてくれよ」
リシュアがそう言うと、早速ビュッカはその旨を日誌に書き付けた。その後ペンを顎に当てて少し難しい顔をする。
「そうなると……やはり時期をずらした方がいいかな」
小さく呟いたのを、リシュアは聞き逃さなかった。
「何だ? 何か予定があるのか?」
先ほどの呟きはどうやら無意識だったようで、聞き返されたビュッカは少し驚いたように顔を上げた。
「……あ、ああ。はい。実は……。1月末頃に式を挙げようかと思っていまして」
そう言った彼は珍しく照れたように顔を赤くしている。
「えっ? 本当ですか伍長」
ムファがからかうのも忘れて眼を丸くした。リシュアも予想外の答えに驚くばかりだった。
「へぇ、結婚するのか。例の彼女とか?」
以前から美人の恋人が居るというのは周知の事ではあったが、そこまで話が進んでいるとは誰も知らなかったようだ。
「おー! おめでとうございます! こりゃあまた一つお祝いが増えましたね」
ムファの頭の中はもうお祝いパーティのことでいっぱいになっているようだ。目をきらきらさせて「いつがいいかなあ」などとぶつぶつ呟いている。
「大事な式だ。人手はなんとかするから好きな時に挙げるといいぞ」
リシュアの言葉にビュッカは微笑んで首を振る。
「いえ、特にその時期にこだわりがあるわけではないですから。むしろ春暖かくなってからの方がいいかもしれません」
「そうか? お前がそう言うなら無理には言わんがな」
ムファに続き帰り支度をするビュッカを見ながら、リシュアの頭の中はもう違うことを考えていた。
(司祭様も白いドレスが似合うだろうな……)
実家で見つけた皇女時代の司祭のドレス姿はとても愛らしかった。成長した今、愛らしさは美しさに変わっている。もしもそのようなことが叶うのだとすれば、さぞ輝くような花嫁姿になるだろう。
そんなことを思っていると急に司祭に会いたくなってきた。リシュアはムファとビュッカを見送り、交代要員の若手2人に警備の申し送りを済ませてから司祭の部屋へと向かった。
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