第12話 失言

 暫くすると、焚き火の中からパチリパチリと弾ける音がする。ほんのりと芳ばしい香りも漂ってきた。


「そろそろ焼けたようですね」


 そう言って、司祭は火かき棒で焚き火の中から焼けた木の実をはじき出す。それを拾い上げて、手の平でかちりと割った。そうして中身を取り出すと、そっとリシュアの手の上に乗せる。


「召し上がってみてください。美味しいですよ」


 司祭の微笑みにつられるようににっこりと笑って頷くと、まだ熱いその木の実を口に入れた。

 芋のようなほくほくとした歯ごたえとナッツのような芳ばしい甘みが程よく、素朴ではあるがとても美味しいとリシュアは感じた。


「数代前の司祭様がこの実がお好きで、異国から取り寄せて裏の林に植えたのだそうです。私もよく先代の司祭様にこうして焼いて頂いて食べたものです」


 司祭は次々に木の実を割って皆に配る。皆夢中になってカカの実を頬張った。

 ふと、リシュアも木の実を割ってみようと思い、転がり出てきたカカの実に手を伸ばす。


「……熱っ!」


 掴んだ手を、慌てて引っ込めた。


 カカの実は焼けた石のように熱かった。リシュアは自分の手を見る。掴んだ指先は真っ赤に火傷をしていた。


「大丈夫ですか?」


 驚いて司祭が覗き込み、イアラは慌てて冷たいタオルを持ってきてリシュアに手渡した。


「……こんなに熱いのに……。司祭様は平気なんですか?」


 心配になって司祭の手を引き寄せて見るが、指先はほんのり赤くなっているだけだ。


「どうやら私は痛みや熱さにも少し鈍いようでして……」


 司祭は困ったように苦笑した。リシュアは司祭の体質を思い出し、改めて驚愕した。痛みを感じず、傷もすぐに治癒してしまう。明らかに他の「天女のかけら」達とは違っている。少し気まずそうに伏せられた目をリシュアはじっと見つめた。


 このフィルアニカという人は、一体何者なのだろう。

 彼はふと、あの夜に塔の中で聞いた言葉を思い出していた。


『本当に、全てを知るつもりですか? 私に関わることに後悔はありませんか?』


 あの時自分は後悔はしないと答えた。今でもその気持ちに変わりはない。


「それなら、良かったです。ではカカの実を割るのはお任せしますね」


 リシュアはにっこりと微笑んだ。司祭もその言葉にほっとしたように笑みを返す。

 再び和やかな空気が4人を包んだ。



 1袋の落ち葉を焼き、籠の中のカカの実を全て火の中に入れた頃、皆のお腹も満たされていた。そろそろお茶会もお開きのようだ。


「こちらは是非皆さんに差し上げてください。冷めたらオーブンで温めるといいですよ」


 司祭は出掛けている子供達の分を取り分けて、残りを布袋に詰めるとリシュアに手渡した。


「有難うございます。遠慮なく頂きますよ」


 そう礼を告げて警備室に戻ろうとした時、木戸の向こうから賑やかな声と足音が響いてきた。


 

「司祭様、司祭様。ただいま!」

「イアラおねえちゃん、お弁当美味しかったよ!」


 動物園に行っていた子供達が戻ってきたのだった。寺院は再び託児所のような賑やかさに包まれた。


「あのね、あのね。お口がこんなに大きいの。手がこんなにちっちゃいのにね、上手に泳ぐんだよ」


 ロタのことがお気に入りな5歳のマチュアは、動物園で描いたワニの絵をロタに見せながら一生懸命解説をしている。


「へぇ、上手に描けてるなぁ。今にも動き出しそうだよ」


 ロタも顔を綻ばせてマチュアの頭を撫でている。

 急に訪れた喧騒に飲まれてしばらく無言で固まっていたリシュアだったが、ふと少し離れた所でもじもじとしているニースに気付く。


 赤毛の少年はやはり自分で描いたらしい絵を手にしたまま、ボランティアの女性と話している司祭の後ろ姿を見つめている。


「どうした? 司祭様に見せたいのか?」


 リシュアがぽんと赤毛の頭に手を載せると、ニースは振り返って小さく頷いた。

 

「司祭様?」


 リシュアはニースを伴って司祭に近づくと、会話の切れ目を待って声を掛けた。

 ボランティアの女性も少年の様子に気付いたようで、いとまの言葉を告げて寺院を後にした。


「ああ、ニースお帰りなさい。動物園は楽しかったですか?」


 司祭が微笑んで抱き寄せると、ニースは嬉しそうに頷いて先程の絵を手渡した。絵にはくちばしと尾の長い青い鳥が数羽描かれていた。


「とってもきれいな鳥がいました。ツィー、ツィーと鳴いて、とても可愛かったです。司祭様はご覧になったことがありますか?」


 司祭はその絵をまじまじと見つめてから、嬉しそうに微笑んでそっとニースの髪を撫でた。


「ああ本当に。とても綺麗な鳥ですね。この辺にはいない鳥なのでしょうね。初めて見ましたよ、ありがとうニース」


 それを聞くと、ニースは目を輝かせて胸のポケットから青い羽根を取り出した。


「これ、拾ったんです。司祭様に、お土産です」


 それは輝くような瑠璃色の鳥の羽根だった。リシュアも見たことがない色をしていた。受け取った司祭は吸い込まれるようにその羽根に釘付けになった。


「これは……本当に綺麗な色ですね。ありがとうニース。何よりのお土産です」


 ぎゅっと抱き締められて、ニースは少し恥ずかしそうに笑って頷いた。


「司祭様は本当に鳥がお好きなのよね」


 いつの間にか後ろに立っていたイアラが、その様子を微笑みながら見つめていた。

 

「へぇ。そうなんだ」


 生き物が好きだということは知っていたが、特に鳥が好きということは初めて聞いた。そういえば時々庭に遊びにくる小鳥を見つめて微笑んでいたな、とその時の様子を思い出して納得した。


「鳥がお好きならば寺院で飼ってはいかがですか? 手乗りの小鳥などは懐いて愛らしいと思いますよ」


 何気なくそう声を掛けてからリシュアはしまった、と表情を硬くした。

 その言葉を聞いた司祭の様子で思い出したのだ。


 新月の夜に彷徨っては生き物を殺めてしまう司祭のことを考えれば、まず初めに飼っている生き物が標的になってしまうのは容易に予想がついた。

 司祭は少し青ざめた顔で、悲しげに微笑んで目を伏せていた。イアラは責めるような目でリシュアを見上げている。


「……すみません。余計なことを……」


 リシュアは口ごもりながらそう言うと、逃げるようにその場を後にした。

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