第11話 落ち葉焚き
静かな、静かな秋の午後に、落ち葉を掃く音だけが響いている。
寺院の庭は広い。門をくぐって正面は芝生の庭。左手から入る裏庭は果樹園になっている。そして逆の右側には花壇や花のアーチがあり、そこを抜けると塔の前の広場に出る。広場の周りにはカヴァスという背の高い広葉樹が植えられている。
秋も深まると、このカヴァスは沢山の葉を落とす。庭の手入れは普段ロタが全て行っているが、この落ち葉掃きだけは主に司祭の仕事となっていた。
庭が冬を迎えるための準備で忙しいロタを思って、司祭がロタを説き伏せて自分の仕事にしたのだった。
今日、そうして庭を掃く人影は2つあった。
秋風に栗色の髪をなびかせている司祭と、それよりも長身でぎこちない動きの影。カスロサ・リシュア中尉だ。
リシュアは慣れない動作で葉を集めながら、時々司祭の方に目をやった。
秋の日差しに透けた髪は紫がかった黄金の絹糸のようで、冷えた頬はわずかに赤みが差している。風に踊る葉を集めていく作業は司祭にとって楽しい仕事らしく、せっせと腕を動かし、口元は僅かに微笑んでいた。
そんな様子をとても愛らしいと思いながらリシュアも口元を緩め、再び作業に戻る。広い広い庭の葉を全て集めるにはまだまだ時間がかかりそうだ。
***
「そろそろお茶にしましょうか」
司祭がふと顔を上げて微笑んだ。
夕日を背にした司祭の笑顔をまぶしそうに目を細めて見てから、リシュアは頷いて大きく伸びをした。
掃き終わった落ち葉の山を、麻袋に詰めて口を結ぶ。大きな袋が5つ並んだ。それでも庭にはまだ沢山の葉が積もっており、更にその上に新しい葉を散らしている。リシュアは少し恨めしそうにカヴァスの木を見上げた。
「落ち葉は私が運びますから、先に行っていてください」
リシュアが言うと、司祭は素直に頷いてリシュアの手から箒を受け取った。箒を渡す時に、一瞬手と手が触れる。リシュアはそれをそっと捕らえて静かに握った。
司祭は一瞬驚いたようにリシュアを見上げたが、すぐにその顔ははにかむような微笑に変わり、そっとその手を軽く握り返した。少しの間視線を交わし、ふと辺りを気遣うように見回す。そうして司祭は二本の箒を手にしたまま
その後ろ姿を目で追って、リシュアは満足そうににっこりと笑顔を作る。
リシュアが司祭に抱いている恋心は、誰にも知られてはいけないことだ。司祭は現在のところ戸籍上は男性であるし、そもそも立場も身分も違いすぎた。決して許されることのない想いなのだ。
しかしリシュアはそれを気にはしていなかった。誰かに祝福されたいわけではない。ただ、こうして一緒に居られるだけで幸せを感じることができるのだ。
司祭の姿が見えなくなるまでじっとその後姿を見送ってから、リシュアは麻袋を担いで裏庭に向かった。
***
「だんだんと風が冷たくなってきたわね」
お茶の準備をしながらイアラがロタに声を掛けた。
「剪定も急がないと今年は早く冬が来そうだなぁ。……あ、司祭様。お疲れ様でした」
丁度外に目をやった時、司祭が木戸から姿を現した。
「ああ、もう準備をしていてくれたのですね。有難う」
箒を所定の位置に戻し、掛けてあったビロードのローブを纏ってキッチンに入る。
「お疲れ様でした、司祭様。今日はアップルティーにしようと思うんですけど、いかがですか?」
イアラの笑顔に微笑みを返して頷くと、司祭も準備の手伝いを始める。キッチンの奥からはチーズケーキの焼ける良い匂いが漂ってきていた。
「おーい。落ち葉はここでいいのか?」
遅れてやってきたリシュアの声がする。ロタは外に出て指示を始めた。
「4つはそっちに積んで。1つはここに置いといていいよ。今日はお茶を飲みながら落ち葉焚きをするからな」
「はいはい。りょーかい」
そろそろこの二人のコンビも馴染んできたようだ。司祭は嬉しそうにそんな様子を見つめている。
血の繋がらない4人だが、まるで本当の家族のようにさえ見える。そんなことが、家族を失った司祭には大きな幸せに感じられるのだった。
お茶を楽しむテーブルの位置は、季節によって移動する。夏は日陰の風通しの良い所だったが、今は風を避けて日の良くあたる場所にセットされていた。
4人は早速準備を終えたテーブルを囲み、午後のお茶を楽しんだ。冷えた体に熱いアップルティーが沁みるように美味しく、焼きたてのチーズケーキは薫り高く濃厚な味で、寒い季節にはとても良く合った。
「子供達は今頃楽しんでいるでしょうか」
司祭は遠くを見て目を細めた。
新たに寺院に来た子供達は、今日はボランティアの厚意で朝から動物園に出掛けている。イアラも久しぶりに子守から解放されて、心なしほっとした様子だ。
「そろそろ落ち葉焚きをしますか?」
ロタが立ち上がって準備を始めた。先ほどリシュアが運んできた袋を一つ開け、テーブルの近くに小さな落ち葉の山を作った。
「今、ここでやるのかい?」
リシュアは意外そうにその様子を覗き込んでいる。そんなリシュアを見てにこりと微笑み、イアラはキッチンから壷の形をした籠を運んできた。
ロタが落ち葉に火をつけると、白い煙を上げて燃え出した。火の粉が舞わないように慎重に木の葉をくべながらロタは火の番をする。
「ああ、暖かいですね」
司祭はオレンジ色の炎を見つめて微笑んだ。いつしか皆が火を取り囲むように集まっていた。
「ここで、これを焼くのよ」
先ほどの籠からイアラが取り出したのは、5cm位の涙型をした木の実だ。こげ茶色のつやつやとした肌にまだらの模様がついている。
「なんだこりゃ」
リシュアは初めて見るその実に目を丸くした。まるで爬虫類の卵のようにも見える。
「カカの実よ。この寺院の林で拾ったの」
そう言ってイアラはその木の実を焚き火の中に放り込んだ。赤い火の粉がふわりと舞う。
「へぇ、なるほど。こりゃ楽しそうだ」
イアラはキッチンから火かき棒を持ってきて、司祭に手渡した。
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