第12話 宝剣


 車は激しい炎を上げて燃え続けた後、消火器を手に駆けつけたアルジュ達によってようやく消し止められた。運転席を覗き見ると、炭のようになった遺体がハンドルをつかんだまま煙をあげていた。


「もう姿を消すのは無理のようだな」


 リシュアが呟いた時、橋の下手から物々しい様子で大勢の男達が近づいてきた。

 ライフルを手にした者、防護服に身を包んだ者、軍の黒いコートを着た者……。その中にリシュアの知った顔があった。


「ジェスコー大佐……」


 真っ黒の髪を撫で付け光らせた男は鋭い眼光でリシュアを見据えている。ジェスコー・ルイ大佐。グルーオ中将の直属の部下だ。


「ご苦労だった中尉。後は我々に任せて君たちは日常の任務に戻りたまえ」


 早口で告げられた言葉に、一瞬戸惑う。


「なっ……。そんなわけ……」

「中尉。ご苦労だったと言っているんだ」


 話はそこで終わった。大佐は後ろ手に組んだ姿勢のまま踵を返すと、既にトラックの周りを取り囲んでいる部下の所へ歩みを進めた。

 このような展開を予想していなかったわけではない。しかし、あまりにも対応が早すぎはしないか。

 リシュアは不満を隠そうとしない部下達を寺院へと促し、一人トラックの残骸に近づいた。まだ熱を持った車体を防護服姿の男達が調べ始めている。


「大佐」


 短く呼びかけた男が手にしているのは、例の宝剣だった。

 リシュアは唖然としてそれを遠くから見つめた。

 あれほどの爆発と高温の炎に晒されておりながら、その剣はほぼ無傷だった。煤で多少汚れてはいるが、嵌め込まれた宝石も細かい銀の装飾も何事もなかったかのように光り輝いている。


「それは王家の宝剣です、大佐。私から司祭にお返しします」


 駆け寄るリシュアを一瞥すると、大佐はまだ熱を持つ宝剣を革の袋に収めながら、冷たく返した。


「これが何であろうが、中尉。大事な証拠品だ。これは我々が押収する」


 そうして自らのコートの内側に仕舞うと、もう用は済んだとばかりに無言で去っていった。

 リシュアは作業の続けられているトラックをぼんやりと見つめた後、諦めたように寺院へ向かった。


「ばっかやろう! なんで邪魔したんだよ! この役立たず!!」


 寺院に戻ったリシュアに、先に避難させられていたロタが駆け寄り掴みかかってきた。顔は怒りで真っ赤になり、目には悔し涙を浮かべている。


「司祭様の大事なものは、おいらが守るって決めてるんだ! それを……!」

「ロタ! おやめなさい!」


 向こうから司祭が駆けてきた。まっすぐにロタに走り寄ってひざまずくと、その小さい体を強く抱きしめた。


「ああ、ロタ。無事だったのですね」

「し、司祭様?!」


 今度は恥ずかしさで真っ赤になるロタ。


「良かった……本当に……」


 司祭は涙で潤んだ目でロタの顔をじっと見た後、無事を確かめるように体のあちこちを撫で回した。


「どこも怪我はありませんか。痛むところがあったら……」

「司祭様!」


 取り乱す司祭をロタは赤い顔のまま両手で引き離した。


「おいらは大丈夫です。そんなことよりもあの剣が! 車と一緒に燃えてしまって。おいら……おいら……」


 再び悔しそうにぎゅっと唇を噛む。司祭はそんなロタの顔を見て、ふっと優しく微笑んだ。


「ロタ、いいのです。いいのですよ」


 そして愛おしそうにロタの髪をそっと撫でた。


「……それでいいんです。それよりも、あなたが無事で良かった」


ロタは一度うなずくと、それきり黙りこんで俯いてしまった。


 少しの間そんなロタの様子を見守った後、司祭はすっと立ち上がりリシュアへと歩み寄ると、その菫色の瞳を真っ直ぐに向けた。

 二人のやりとりですっかり毒気を抜かれたリシュアは思わず目を逸らす。


「約束通りロタを無事に連れ戻してくれたのですね」


 その言葉にいつもの冷たさは感じられなかった。


「それと……今回のことは私の責任です。勝手な振る舞いを許してください」


 突然態度を変えた司祭の様子に、リシュアは何と答えていいものか、言葉が見つからなかった。

 彼は混乱していた。

 初めて会った時の様子。ミサの時の姿。先刻まで見せていた冷たい態度。そして今目の前にいる司祭のこの表情。

 一体どれが本当の司祭だというのか。


「私は……」


 突然、訳もなく怒りがこみ上げてくる。


「謝罪も礼も要りません。あなた達が何をどうしようと知ったことじゃない。私は任務を遂行しているだけです」


 珍しく声を荒げる自分自身にリシュアは驚いていた。しかし口からこぼれ出す言葉は止まらない。


「だがもう十分だ。これ以上あなた達に付き合ってはいられない」


 司祭は戸惑ったような表情でリシュアを見返した。


「次の担当者とは上手くやることですね」


 そこにいる全員がリシュアの様子にかける言葉を失っていた。そんな彼らを尻目に、リシュアはそのまま足早に寺院を後にした。



***



 あれだけの目に遭ったにもかかわらずリシュアには大きな怪我もなく、しばらく打ち身と派手な痣に悩まされただけで済んだ。


「本当に悪運が強いんですから」


 心配を通り越して呆れた顔のミレイ。


「強運ではなくて、日頃の鍛錬だよミレイ君」


 すました顔で返し大きく伸びをすると、再び事務仕事に戻る。あれ以来寺院には足を向けていない。ミレイに散々ごねられたが異動願いも出して、あとは返事を待つだけだった。

 内線が鳴った。洗い物で手が放せない秘書の代わりに受話器を取る。電話の主はオクトだった。


「ちょっとラボまで来れるか?」


 ああ、と短く返事をして地下の科学班のラボに向かう。気分転換にはちょうどよかった。


「興味があるだろうと思ってね」


 ラボに着くと、オクトはいくつかのファイルを手渡した。事件のファイルに混じって見たことのない男達の顔写真もある。


「寺院に侵入していた男はウチで追っていたのと同じ人物だと分かった」


 無言のリシュアの返事を待たずにオクトは話しはじめた。


「こいつがそうだ。アリデア・イデス。有名な窃盗団のメンバーの1人だよ」

「窃盗団? 単独犯に見えたがな」

「……先月アリデア以外の全員が廃工場で射殺体で発見された。アリデアはその容疑者だ」


 リシュアは黙って浅黒く目つきの悪いその男の写真を見つめた。


「これを見てくれるか。唯一残っているアリデアの姿だ」


 オクトがビデオのスイッチを入れると、防犯カメラの映像のようなものが画面に映った。夜の宝石店の店内でアリデアがショーケースを物色している。彼はガラスケースの中からいくつか選んではポケットに仕舞っていった。


「ここだ」


 作業に熱中していたアリデアの手が止まり、ショーケースを元に戻す。程なく奥から警備員が近づいてきた。彼はじっと立ったまま動かない。警備員はすぐ横にいるアリデアにまるで気が付かないかのようにすれ違い、そのまま通り過ぎて行った。


「後で話を聞いたが、この警備員はこの時誰も見ていないそうだ」


 リシュアは一時停止された画面を凝視した。

 映像に残ったアリデアは全く透明などではない。何かの技術を使ったものならば映像にも残らないはずではないのか。


「つまり……どういうことなんだこれは」


 唸るようなリシュアの問いに答えるようにオクトはもう1枚の資料を手渡した。


「まだ公式に認められてはいないんだが、どうやらまれに特殊な能力が身につく先天性の病気が存在するらしい」

「病気だと?」

「昔ならモンスターとか魔女とか言われた部類じゃないのかな。彼の場合は他人の脳に働きかけて自分の姿を見えていないと誤認させる力があった」


 とてつもない話にリシュアは言葉を失った。


「あくまで推測だがね。何せ検証しようにも本人が炭になってしまったんだから」

「真実は闇の中、か」


 リシュアはぼんやりとモニターの画像を眺めた。

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