リサ編:vsチート能力『スローライフ』
暗躍のプロローグ
「雨だなー」
リサは教室の外の様子をつまらなそうな顔で見て愚痴った。
どしゃぶりという勢いに近い雨は現在六月の真っただ中、連日のように続く。
リサはあまりこの時期が好みではなかった。
「梅雨って感じだよねー」
普段明るい表情をしていることが多いハルカも、どこか浮かない顔をして息を吐き出す。しきりの髪の毛を気にしている様子で、湿気による髪の影響に苦戦する毎日の様だ。
気分が落ちがちなメンバーに、気を遣うようにアヤネが勤めて明るい声を出す。
「でも、無事に私達の顧問も決まりましたし、これから本格的に活動できるんだから、いいじゃないですか!」
「それもそうだな! 良いこと言うようになったじゃん、アヤネ」
リサがアヤネに親指を立てて笑顔を作る。
そう、軽音部はついに顧問が正式に就いた。小西先生が顧問を引き受けてくれて、軽音部はいよいよ本格的に部活動として動き出していた。
小西先生は、きちんと活動していることをアピールするためにも、コンクールに出ることを提案し、夏行われる高校生バンドコンクールに向け、ソナティティの面々は、バンド活動のレベルアップを行う必要があった。
「……そう言えば、例のコンクールに向けて曲はどうするの」
カナが勢いを取り戻した部長のリサに、今後の活動はどうするのかジト目で訊ねた。
と言うのも、コンクールには曲が二つ必要で、一曲目は既存の曲のコピーを演奏し、二曲目にはオリジナル楽曲を披露しなくてはならないのだ。
コピーはこれまで練習で散々行ってきたので問題ないが、オリジナル曲はまだ一曲も持っていない。
オリジナルがやりたいと以前話し合ったものの、まだその曲が完成するまでには至ってない。
「詩はさ、こないだみんなが見せてくれたので行けそうだと思った」
「カナちゃんの、良かったよね♪」
上機嫌でハルカがにっこりとはにかんだ。カナはその言葉に、「うぐ」と詰まったような呻きを零して視線を逸らす。
「うん、カナがあんなに良い詩を書くとは思わなかった」
「では、カナさんが作詞担当ですね」
「は!? ちょっと待ってよ、アレはちょっと書いてみただけで、私は作詞なんてできないって!」
普段声を大きくしないカナのその慌てた様子は、なかなかレアで、リサはニヤニヤと悪戯な目をしてその抗議を受け流す。
「あとは、作曲だね」
ハルカもニコニコして、カナの抗議を無視するとそのままオリジナル曲の話題を進めていく。
「作曲は、実はもう出来てるんだ」
「えっ、ほんとですか?」
「うん。前からずっと作曲だけはやって来てたしね。ただ、バンドの色っていうか、アタシたちの最初の一曲になるから、改めてソナティティの顔になるモノを作り上げたいんだ」
「バンドの、顔……?」
リサの提案に、三人はきょとんと目を丸くした。改めて言われると、自分たちのバンドの方向性というか、何を売りにするのかなど、まるで考えていなかった。
「アタシの曲って、基本的にロック寄りなんだ。でも、アヤネの歌声は、たぶん、ロックよりもポップな方向に合うと思うし、カナの作詞はバラード向けなんだよね。あと、ハルカの演奏風景はエロイ」
「えー! なんで!」
ハルカが思わず声を上げた。
……が、アヤネもカナも、無言で頷いた。ハルカは胸が大きいこともあり、ベースを演奏する時のベルトが胸の谷間に挟まることで、なんというか、より一層強調されるのだ。そんな状態でリズムを取って演奏するハルカの様子は、同性からみても、ぷるんぷるんと魅惑的であった。
「要するに、アタシたちのバンド、ソナティティは色んな宝石の原石が詰め込まれているわけよ。その原石をどう魅せるのが効果的なのか。一番アタシたちの魅力を引き出すのはどういう曲なのかって考えてる」
「へえ、普段勢いだけのリサからは想像できないキチンとした考えじゃない」
「部長だぜ、アタシは!」
「わたしたちの魅力を表現できる曲かぁ。そう言われるとちょっと分からないね」
四人はううんと頭を捻り、オリジナル曲の方向性にこれだという着地点を見いだせず、難しい顔を浮かべるばかりだ。
「ねえ、アタシから提案があるんだけど」
そう言ってリサは三人の注目を集めた。そして、カバンから何やら小さな紙を取り出し、三人の前に広げた。
それはとあるバンドの
「これ、アタシが好きなバンドなの。みんな、バンドの演奏を見に行ったこと、ないよね?」
「確かに、私……バンドの演奏なんて見たことないです」
「わたしもないな~」
「せいぜい、路上でやってる弾き語り、くらいかな」
「だろ? バンドしようってアタシたちが、バンドの演奏を見に行ったことがないなんて変な話じゃん。そういうわけで、一度、見に行ってみない? ライブ」
リサの提案はもっともだ。三人は、拒否する理由もないし、初体験のバンドライブに期待を膨らませ、リサに頷いた。
「よし、じゃあ土曜日行こう! アタシ、そのバンドのギターの人と知り合いだから、直接話もできるよ」
「ふうん。先輩から話を聞くのはいいかもしれないね」
アイオリアのギターの名前は『Ryo』と書いてある。茶髪で短く切りそろえられた髪をしたバンドマンという印象の男だ。正直なところ、見栄えのいい男性で女性ファンは少なからずいるだろうと推測できた。
もしかしたらリサは、『知り合い』と言ったが、実のところ、この『Ryo』という男性に慕情を持っているのかもしれない。
「ねえねえ、リサちゃんもしかして、この人のこと、好きなの?」
ハルカが何の遠慮もなしに、アヤネがもしかしてと思いながらも口にしなかった疑問を突っ込んだ。
「えっ、うん。そりゃもう好きだよ。ほんと、凄いいい曲作るし、演奏もマーベラスなの!」
リサは、そんな『慕情』があるのかどうかの『好き』ではなく、素直な少年みたいな顔をして、そう言った。
その様子を見て、アヤネはリサがこの『Ryo』という人物に対し、純粋に憧れを持って好感を抱いているのだと理解した。
おそらく、女性として好きという感覚はリサにはないのだろう。
リサはいつも、中世的でクラスメートの男子とも仲が良い。性別の壁を作らない気さくな性格をしているリサは、彼女自身、自分を『女性』という枠に括らない明け透けな態度をしていることが多く、それが周囲の共感を生む。男女共に人気者であるリサらしい姿であった。
そして、リサが本当に、音楽が好きなのだと改めて理解ができた。
音楽を語る時の、リサは本当に夢を追いかける少年みたいに、キラキラと瞳を輝かせる。
アヤネは、そんなリサが羨ましくて眩しく見えた。
熱中できるものに触れたことがないアヤネにとって、夢を追い、一生懸命になれるものを持つ人が羨ましいという感情がうずくのだ。
できることなら、自分もいつかリサのように熱く語れる何かを持ちたいと願っている。だから、エネルギーに満ち満ちているリサの傍で一緒に活動できることは、アヤネにとっても素敵な時間だった。
「アヤネ、ボーカルの人、良く見てなよ? ボーカルって歌うだけじゃないんだぜ。パフォーマンスもしなくっちゃいけないから!」
「ぱ、パフォーマンス!?」
「そうそう。観客をノせるんだよ。まぁライブに行けば分かるよ! ほんっと、楽しいからっ!」
弾ける笑顔に、アヤネはドキドキしていた。
本当に自分に、バンドのボーカルなんて務まるのだろうか――。アヤネは、ライブでカルチャーショックを受けないでいられるだろうかと、ほんの少しだけ、不安がよぎるのであった――。
※※※※※
そこは、漆黒と呼ぶにはあまりにも雑多な濁りが浮かび上がる亜空の世界だった――。
亡者が潜むような不気味な空間に、ひとつ、感情を窺えない声が響く。
「転生者が、二体も排除された――」
空間の濁りが、まるでコーヒーにかき混ぜられていくミルクのように、渦を巻き、溶けて歪な影を作り上げる。
「あの、学校――。シェイドに対抗するモノが居るというのか」
影はすなわちシェイドである。
妖しく揺らぐ影は、まるで嗤うように身を震わせていた。
転生者を排除してみせた存在が、学校にいる。恐らくはその生徒――。
ほんの少し調べれば分かることだった。どの少女も可憐で幼い一年生の乙女たち――。
こちらの邪魔をするものは相応の報いを受けてもらわなくてはならない。
たっぷりと時間をかけて可愛がり、弄んでくれよう。
その陰は、標的を三人の少女に定め、ニタリと笑んだ。少女たちの肉体を舐めるように観察し、無垢な少女の精神を犯すため、凌辱の舌先を伸ばしていく。
「なるほど……この娘は使える……」
異世界転生者は、敵と選定した三名の少女を攻め落とすための最良の駒を見つけ出したと、瞳を光らせた。
それは、天真爛漫な笑顔を見せる、ボーイッシュな少女。標的とした三人の少女たちの最も近い存在でありながら、無防備な夢を追う思春期の乙女――。
森久保リサを餌食にするべく、闇の化身は動き出した。
まずは憑りつく『話題の種』を見付けなければ――。それさえ見つかれば、あの快活な肉体に入り込み、じっくりと蝕んでいくことができる。あの三人の術者の少女たちに接近することもできる一石二鳥の案だ。
ここから、異世界転生物語『スローライフ』の幕開けとなる――。
チート能力を発動させ、シェイドはナメクジが這いずる様に、醜悪なる亜空から、その光の世界に侵入を開始していくのだった――。
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