学校の七不思議

 音楽室から退室した四人は、すっかり明かりがなくなった闇の校舎で『シェイド』を捜すために行動を開始した。

 結界の内部にいるためか、学校内はまったく人気がなく、時計を見ても時刻が止まったままで今何時なのかも判然としない。

 異質な感覚が纏わりつき、一同に緊張が走る――。


「さて……、奴がどこに潜伏しているか捜さないと」

「どこにいるか、分かるのか?」

「いいや……。だけど、見当はつく」


 カナがそう言って取り出したのは、小さな手帳だった。なにやら情報などがびっしりと書き込まれているようで、その情報から『シェイド』の居場所を推察するつもりらしい。


「奴らは『話題性』に憑りつく特性があるのは伝えた通りだ。その中でも今日一際大きかった話題、『転校生』に憑りつこうと動いたようだが、それは失敗している。だったら、次の話題性は何だと思う?」

「転校生以外の話題ってこと? 学校だし……、テストとか?」

 ハルカが少し考えてそう答えたが、カナは否定して首を振る。

「それだと弱い。話題性の中でも、『一人歩き』しやすいものに食いつくのが『陰』だ」

「一人歩きってどういう意味ですか?」

「噂話に尾ひれがつく、って言うだろ。そういうヤツだ。あいまいな話題ほど、奴らの種になるんだよ」

「拡大解釈とかされやすい話題……?」


 ううーん、と三人は悩んで考えた。

 この学校の話題――。流行――、噂……都市伝説――。


「……あの、この学校にもあるのか分からないんですが……、『七不思議』ってどうですか?」

「えっ、学校の七不思議……?」

 アヤネの思いつきに、ハルカが首を傾げたが、カナは「それだ」と頷いた。

「定番だが、そういうハッキリとしない噂や都市伝説に憑りつく。……この学校の七不思議、知ってるか?」

「アタシいくつか聞いたことあるよ。トイレの個室から聞こえるうめき声とか、音楽室の絵画が笑うとか……あっ、そうか! だから、見当がついたって言ったのか」

 リサが気が付いたように声を出した。

 先ほどの白いもやは、音楽室の絵画から吹き出てきたように見えた。つまり、七不思議のひとつに憑りついて、こちらの隙を伺っていたのかもしれない。

 リサの言葉に、カナは強く頷いた。要するに、学校の七不思議を回っていけば、敵に遭遇するだろうと目論んでいるわけだ。


「音楽室の七不思議は調査完了だから……あと六つの不思議を捜して回るってこと?」

「ああ、当てもなく校内を捜しまわるよりいいだろ?」

 そう言って、持っていた手帳を見せるカナは、手帳に記していたこの学校の七不思議をとんとん、と指先で叩く。


 ひとつ、音楽室の絵画が笑う。

 ひとつ、三階の女子トイレ、一番奥の個室からうめき声。

 ひとつ、一階から二階に上がる階段の踊り場にある柱時計に死体が隠されている。

 ひとつ、プールから真っ赤な血まみれの手が伸びてくる。

 ひとつ、鏡に映らないモノがいる。

 ひとつ、保健室で眠っているとベッドの下から子供の声がする。


 それらの記入項目を確認し、リサが眉を寄せた。


「あれ、六つしかないぞ」

「ああ、最後の一つが分からなかった」

 カナは手帳をしまい、他三人に、七つ目を知らないか、と問うた。アヤネは今日が初めての登校日だったから、分からないだろうが、リサとハルカに期待して訊ねた。

 だが、二人は分からないと首を横に振るだけだった。

 ……と、想定外のところから声が上がった。


「あの、私の前にいた学校の七不思議も似たような感じでした」

 おずおずと声を出したのはアヤネだ。

 果たして自分の意見が役立つのかは不明なところだが、参考になれば位の気持ちで告げた。


「……実は、七つ目を誰も知らない、というのが『七つ目の不思議』なんです」

「……なるほど……。それはありそうな話だな。うちの学校内で調査をして回っても、確かに誰も七つ目を知らなかった」

「やったね、アヤネちゃん!」

「い、いえ、そんな大したことでは……」

「とは言え、それが不思議だとしても、どこを捜せばいいのか分からない類の不思議になるな。まずは場所がハッキリしているところから当たっていくか」


 そうなると、三階の女子トイレ、踊り場の柱時計、プール、保健室が該当する。

 現在、音楽室前にいる四人に一番近いのは、三階の女子トイレだった。


「じゃあ、トイレからいこっかー」

「なんか、楽しそうじゃん、ハルカ」

「そんなことないけど、肝試しみたいだなって思って、ドキドキしてるよー」

「やれやれ、マイペースだなホント……」

 非常事態でも、どこか空気が和んでしまうハルカの言葉に、実のところ三人は救われていた。気持ちの余裕はパニックを回避する。こういう時、焦って行動すると失敗する事を知っているカナは、ハルカのお気楽さでリサとアヤネが少し気持ちにゆとりを持てたことを内心感謝していた。


「トイレの怪談って云うと……やっぱり花子さんですよね」

「そういえばそうだね~、ウチのは花子さんじゃなくてうめき声、らしいけど……」

「便秘の誰かが踏ん張ってたんじゃない?」

 ちょっとした冗談すらできるくらいの空気を取り戻した四人は、その噂のトイレまでやってきた。

 見た目は一階や二階と変わらない普通に女子トイレだ。

 入ってすぐ洗面所になっていて、流しの前には鏡が取り付けてある。


「あっ、鏡。鏡の七不思議もあったよね」

 リサが鏡に映りこんだ自分を見て思い出したように言った。

 鏡に映らないモノがいる、という曖昧な七不思議だった。

 どこの鏡かも分からないし、映らないもの、と言われてもそれが人なのか、物体なのかも判然としない。


 まじまじと鏡の中を観察したリサだったが、『映らないもの』は見つからなかった。


「鏡は色んな所にあるよね。学校中の鏡を見て回るの?」

 それはちょっぴりしんどいね、という表情でハルカがカナに訊ねたが、カナもそれは効率的ではないと考えていたので、鏡の不思議は一旦置いて考えることにした。


「行く先で鏡があればチェックするけど、いちいち学校中の鏡を捜して回るのは骨が折れるから、場所が分かっている処を潰していくよ」

「オッケー。じゃ……ここの一番の奥の個室……だよね」

 個室はどれも扉を開いていて、便座が静かにたたずんでいる。一番奥の個室も、パッと見る限り、異常性はないようだ。


「なんか聞こえる?」

 リサが耳に手を当てて『うめき声』を聞き取ろうとするが、そんなものはまったくしない。


「……検証してみるか。誰か個室に入って扉を閉めてくれ」

 カナがさらりと言った言葉に、他三人は「え゛」と表情を固めてしまった。

 正直、こんな不気味な噂のある個室にはいるなんて勘弁してもらいたい。それに今は、実際に化物がいるような状況なのだから、なおのことだ。


「それ、やる意味ある?」

「……やる意味はある。釣りと一緒で、釣り糸を水面に投げ込まないと、魚がいても釣れないだろう」

 そんな例えを用いたカナだったが、三人はそれとこれとは違うのではないかと、表情に出ていた。


「お、お前が入らないの?」

 リサがカナにそう言って、指さした。実際、戦闘できる能力を持つ、カナが実証のために個室に入ったほうが色々な意味で無難だと思うからだ。


「……私がルアーを引くんだぞ。餌はお前ら三人が妥当だ」

「釣りで例えるの、やめろよ……餌はどうあがいてもエモノに喰われるじゃん……」

 飄々とした態度で言うカナに、リサはジト目でツッコミを入れるのだった。

「大丈夫だ、身の安全は保障する」


 やはり、飄々と云うカナに、三名は顔を見合わせる。

 その目は誰もが「で、誰が入る?」と言っていた。


「ジャンケンしよう」

「えっ、ほ、本気ですか?」

「だって、誰かが入らないと調査にならないらしいし」

「ハルカ、肝試しみたいで楽しいって言ってたじゃん、ハルカ入りなよ」

「楽しいとは言ってないよ。ドキドキするって言ったの」


 女三人寄れば姦しい、とはよく言ったものだ。夕闇の不気味な校舎内でありながら、昼間の女子トイレで駄弁るように、きゃあきゃあ騒ぐ三人を見て、カナは少しだけ微笑んだ。なんだか、こんな状況ではあったが、笑えたのだ。


「よし、じゃあ順番にしよう。トイレはアタシが入るから、次の柱時計はハルカ、保健室はアヤネ。どうだ?」

 リサが部長らしくまとめると、ハルカはそれに同意した。アヤネはまだちょっと納得できない様子だったが、一番手を買って出たリサの意見を尊重することにした。

「安心しろ、ちゃんと対処するから」

 不安げな様子のリサに、カナはちょっと釣り目の視線を真っすぐに向け、誠意を見せようとする。


「一応さ……」

「え……?」

 トイレの前に立ったリサが、妙に改まった様子で、面々に向き直った。


「一応、ね。アタシ、部長だから。……なんつーか、責任、感じてる。……アタシが部活に誘わなきゃ、こうならなかったかも、って……」

 リサは、真剣な顔をして、そして申し訳なさげに、視線を落とした。

 そんな意外な反応をしたリサに、カナも、ハルカも、そしてアヤネも少しだけ驚いた。

 勢いばかりの、猪突猛進な性格をしているボーイッシュな少女、それがリサの印象だったからだ。

 部長をするというのだって、バンドをどうしてもやりたいという自分のエゴから来る責任感からだった。

 だって、バンドがやりたいのは、リサだけなのだ。他の面々は、音楽なんてやったことがない者ばかり。無理やりに勧誘して、部活に入れているようなものだ。

 なのに、みんななんだかんだで部活に来てくれる。楽器の練習にきちんと付き合ってくれていた。

 そして、今日、最後の部員を強引にでも巻き込もうとして、このありさまだった。


 リサは、自責の念に捕らわれていたのである。


「別に、リサさんのせいじゃないですよ」

 アヤネは固く握られているリサの拳を紐解くように、優しく言う。続くように、他の二人もうん、と頷いた。


「ゴメン……、アタシ……どうしてもバンドやりたくて……、でも、仲間が全然見つかんないし……」

「いいんだよー、わたし、楽器が弾けるようになって、最近毎日楽しいもん」

「……乗り掛かった舟だし。音楽は……嫌いじゃない」

 仲間の言葉に、リサは重圧を押しのけるように、やっとのことで、視線を持ち上げた。

 あんたのせいでこんなことに、くらい言われる覚悟もあったが、リサはこの土壇場で、初めてメンバーの絆のカケラを見付けられたように思えた。


「ありがとう。……じゃあ、入ってみる。頼むよ、カナ」

「ああ、任せろ」

 強い意思を持った少女だ、とカナはリサの瞳に宿った光に、眩しい強さを感じていた。

 リサは夢を持っている少女だ。そのエネルギーは、尊い黄金の輝きを放っているのだろう。彼女のアグレッシブなところは、嫌いではなかった。


 リサが覚悟を決め、個室に入ると、ドアを閉めた。一応、使用するとき同様にカギをかけて、便座に腰を下ろしてみた。


「どうー?」

 個室の外からハルカの心配げな声がしてくるが、特にそれ以外、『うめき声』らしいものは聞こえないように思えた。


「特に異常はないよ」

 リサは念のため、水も流してみるか、と流水のボタンを押した。

 その時だ――。


 ごぼぶぶっ、ぐぷぷっ、ごぽっごぽぽっ……。

 便器の水が流れて行かず、詰まっているのか奇妙な音を立てて便器から水が溢れそうになったのである。


「お、おわっ」

「どうしたッ!」

 リサは、焦って個室のドアを開き、飛び出した。便器から溢れた水にかかりそうになったためだ。


「なんか、水の流れが……悪いっぽいぞ」

「……なんだ、そりゃ」

「ええと……じゃあ、単純にトイレ詰まりってこと?」

 ごぽごぽと云うまるで誰かがおぼれているような音がしていた。

 この音を隣の個室から聞いていたら、『うめき声』に聞こえなくもない、かもしれない。


「これが、七不思議の正体……?」

 なんだか、拍子抜けな結果に、四人はきょとんと顔を見合わせて、便器からあふれ出る水に思わず笑ってしまった。


「あははっ、なんだよコレ! 勘違いも甚だしい!」

「……ま、こんなもんなんだよ、噂や都市伝説のホントの要因なんてさ。空想や妄想で、尾ひれがついて、水詰まりが『うめき声』になったんだろ」

 どうやら、ここには例の『シェイド』はいないようだった。

 あったのは、ただの排水に問題が発生している古びたトイレだけだ。


「よし、トイレの不思議クリアー!」

 リサは大げさにガッツポーズを決めて、女子トイレから出る。それに続いて三人も次なる目的地へ向け、歩み始めた。

 次の七不思議は、階段の踊り場に設置している柱時計――。この学校が設立された時からある、古時計だ。なんらかのいわくがついてもおかしく無いだろう。

 おそらく、次も大したものじゃないんだろう、そんな気持ちが、怯えきっていた心を少しだけ前進させる。


 カナは、油断を切らさずに、どこかに憑りついているシェイドに、ほくそ笑んでいた。

 ――お前らみたいな半端者が、よりどころにする物など、なんと滑稽なことか、と――。

 そして、そんな憐れな魂に、大切な友人を傷つけられて堪るかと、闘志の火炎を内に秘めるのであった――。

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