少女四人集まれば……『奻奻』?
「は、はじめまして。緑川アヤネです。よ、よろしく、お願いします」
「…………」
自己紹介後、教室には沈黙が続いた。決してアヤネの自己紹介が痛いとか、下手をこいたわけではなく、彼女の第一印象が強烈すぎたのだ。
それさえも、彼女に非はない。
その要因を作った神谷カナは頬杖を突いたままアヤネの自己紹介をぼんやり眠そうな目で見ているばかりであった。
さっき詰め寄って来たような鋭さはもう微塵もなく、気だるそうな様子で重たい瞼を支えてアヤネを見ているだけだ。
「じゃ、じゃあ……緑川さんの席は、あの、その……そこ、なんだけど」
小西先生が気まずそうに、ぎこちない笑顔で差し出した手の方向には、渦中の人である神谷カナの隣であった。
「…………」
さすがにアヤネも表情を固まらせてしまってその場で暫く立ちすくんだ。が、嫌ですとも言えないし、さっきの出来事はどういう事なのか確認しておきたいという気持ちも沸き起こり、カナの隣に腰かけることとなった。
「よ、よろしく、お願いします……」
ぼそり、と、カナに伝えたのか伝えていないのかもあいまいな挨拶をしてみたアヤネだったが、カナはもう頬杖を突いたまま瞼を落として眠りこけている様子だった。
(へ、変な人……)
それが神谷カナに対する最初の印象だった。控えめに言って、というレベルで『変な人』だと思った。
クラスの中に明らかに奇妙な空気が漂っているのを実感せずにはいられないアヤネは、隣で眠るカナをちょっとばかり恨めしく思うのだった。
「な、なぁ……ハルカ。あの転校生と、カナって知り合いなのか?」
こっそりと前の席のハルカの背中を突いて尋ねたリサは誰もが聞きたかっただろう質問を、カナの幼馴染であるハルカに問いかける。
……が、ハルカだって理解不能な様子で、首を横に振るだけだった。
ハルカとカナが知り合ったのは小学校低学年の頃だった。
当時、病弱だったハルカはしょっちゅう病院に入院していたのだが、その病院で知り合ったのがきっかけだった。同じ年代の女の子が入院していると知り、ハルカはカナとすぐに打ち解けた。
それから中学、高校と一緒に過ごして来た。気分屋でマイペース、という性格をしているカナだったが、今朝の様子は初めて見たように思う。
鬼気迫るというか、まるで普段の彼女はわざと力を抜いて油断を誘っているのではないかと思わせるような――、あれが彼女の素顔のようにすら思えた。
(ずっと一緒に過ごして来たのに……)
友達だと思っていたカナの知らない一面を、転校してきたばかりの少女が呼び起こした事実は、ハルカの心の中を静かに揺さぶっていた。
ハルカは、じっと教室の後方の席に座る二人を見つめ、俄然、転校生に興味が沸いて来たのである。
リサはリサで、それもそうだが、置いといて、部活メンバー勧誘のためにアヤネをどうにか囲い込もうと考えていた。幸いにも部員のカナが早くも接触を果たしてくれたことは勧誘の材料にできると前向きに考えていた。
というか、リサは基本的に前向き思考であるため、この出会いがマイナスに働くかもしれないとは考えることが出来なかったらしい。
※※※※※
休憩時間になると、あっという間にアヤネはリサとハルカに囲まれた。どうにも近寄りがたい雰囲気を出すカナの傍まで気兼ねなしにやってこれるのがハルカだけと言うのもあるが、他のクラスメートは転校生が気になりながらも声をかける事を一歩引いて様子見していたのだ。
「よっ、アタシ森久保リサ。こっちは、桧山ハルカ」
「あ、は、初めまして……。緑川アヤネです……」
「はじめまして~。ねえねえ、カナちゃんと知り合いなの?」
「か、カナちゃん……?」
ハルカの質問に首を傾げたアヤネだったが、ハルカの視線が隣でぼんやりしている『神谷』さんを向いていることから、彼女が『カナちゃん』なのだと推測できた。
「い、いえ……。初めて、会った、はずです」
アヤネはそう答えたが、自分に覚えがないだけで、神谷カナからすればそうじゃないのかもしれない。
アヤネは気になって、そっと隣に座る少女を様子見したが、眠そうな表情で若干ジト目気味のカナと視線がぶつかり、慌てて目を逸らす。
「ねえ、カナちゃん今朝のあれなんなの?」
ハルカがいよいよ確信に迫る質問をしたため、クラスの生徒たちは、何でもない様子を装いながら、ハルカたちの会話に耳をそばだてているのが分かる。
「……いや、別に」
くぁーと欠伸をしながら、ものぐさな返事をするカナに、リサが突っ込むことになった。
「別に、なワケあるかぁ~。出逢っていきなり壁ドンするってどんな状況なんだよ!」
「……壁ドンって古くない?」
リサのツッコミすら受け流すように、マイペースな返しで煙に巻くカナはまた瞼を閉じる。
「つか、眠そうだな……今日も遅刻してたし」
「ちょっと、夜忙しくて」
「まあいいや、今日は転校生に話があるんだよ」
「あ、はい……」
どうもこの三名はよく知った中の様子であることは分かったが、自分は正直この空間にはなじめないし、隣には奇妙なクラスメートがいるので、アヤネはどうにも居心地悪そうに身をすくませていた。
「えーと……緑川、さんだよね。音楽って好きかなっ?」
ぶしつけな質問に、アヤネは少しだけ驚いたものの、まぁよくある話題作りの社交的な会話だ。音楽、何が好きとかから仲間を見付けていくのは常套手段だ。だから、この質問もそういう深い意味はないものだと思った。
「はい、好きですよ」
昨日練習した笑顔をここでやっと見せることが出来て、アヤネは内心ほっとしていた。
出だしはコケてしまったかもしれないが、こうして普通に女子高生らしい仲間作りの機会を得ることが出来たのだから。だから、アヤネはこの出会いを大事にしようと、相手に合わせることに注力したのだが……。
「ほんとッ!? どんなの聴く? 作曲とかできる? あ、作詞とかできるといいなあ! アタシ詩はちょっと自信がないもん」
「へ??」
「あっ、ていうか、楽器できる? アタシ、ドラムでハルカはベースしてんの、で、こいつギター!」
こいつと眠りこけているカナの肩をぱしんと叩いたリサはなんだか火が付いたように語りだしてしまったので、アヤネはついて行けずに張り付けた笑顔をひきつらせてしまう。
「が、楽器は、できません……」
「あっ、そうなんだ? じゃあ、アレか! 歌はどう? 実はアタシらみんな音痴でさあ~」
「あ、あの、その……な、何の話ですかっ?」
戸惑うアヤネに、おっとりした声で返してくれたのは、ハルカだった。その豊満なバストは、同性ながらもちょっと目を見張る。高校一年生にしてはかなりグラマラスな体系をしている。
「えっとねえ~、わたし達バンドしてるの。それで今月までにあと一人、仲間を見付けないと潰れちゃうんだー」
「つ、つぶれる?」
「部活だよ、部活! 部活にしたほうが、色々と助かるんだ。音楽室も使えるし、部費も出る! で、アタシが部長なの!」
「わたしが副部長ー」
参った――。アヤネはぴきんと石みたいに固まってしまった。
仲間は見つかったが、あまりに畑が違う……。音楽は人並みに好きだと思っていたが、バンドをやるまではないし、楽器は愚か作詞、作曲なんて考えた事すらない世界の話だ。
歌は、カラオケで歌うくらいで、バンドのボーカルが出来るかと言われたらそこまでの自信はない。
というか、そんな目立つこと、アヤネには出来そうにない。できれば静かに心穏やかな、草花みたいに過ごしていたい。そのくらい内向的なほうだと自己判断しているからだ。
「あ、あの……神谷、さんも、バンドしているんですか?」
目の前のリサとハルカはなんとなく社交的でバンドやってる女の子という雰囲気にも頷けたが、隣でぼんやりとしている不思議な少女は、ちょっと楽器をやっている姿が想像できなかった。しかもギターともなればバンドのメインじゃないのだろうか。そこまでバンドのことは知らないが、音楽と言えばギターというくらいにメジャーな位置にいるのは分かる。
「無理やり、やらされたんだよ」
ぼんやりと眠っているのかと思ったカナが、ぽつりと悪態をつく。やれやれという呆れたような声だった。
いきなりしゃべった事で、アヤネはどきりとしたが、ちゃんと日常会話に交じってくるんだな、と少し安心もした。これから、隣に座る相手なのだから、険悪な関係は構築したくない。波風たたないくらいの関係性でありたいものだと思ったから、会話ができる相手としって、胸をなでおろしたというところか。
「あとさ、神谷さんってやめてくれない?」
「えっ……ご、ごめんなさい」
やはりどきりとしてしまう。何が相手の導火線に火をつけるのか分からない。アヤネはつい頭を下げて謝ってしまう。
「……カナでいいよ」
「……へ?」
癇に障ったのかと思ったら、まさかの名前呼びで良いと言う出逢って初日に許すような対応じゃないように思えた。だから、アヤネは余計にこの神谷カナの人間性が図れなくなってきた。眠そうなジト目はいまいち何を考えているのか分からない。
「……ええと、じゃあ……カナさん」
あまり下の名前で人呼ぶということに慣れていないアヤネは、少しだけ恥じらいながら、カナの名を呼ぶ。どうにもムズ痒くて違和感がぬぐい切れなかったが、それを見ていたリサとハルカは顔を見合わせて、にんまりと笑顔になった。
まんざらでもなさそうな感じだと思ったのだ。
「アタシら、なんだかんだ、みんな下の名前で呼び合ってるしそのほうがいいよな」
「うん、そうだねえ。宜しくね、アヤネちゃん」
「は、はい……」
なんだか勢いに負けて宜しくしてしまった。それに食いついたリサはガッツポーズで吠えたのだ。
「よっしゃああああ! 部員ゲットぉーッ!!」
「えっ!? いや、今の宜しくは、部員じゃなくてっ……」
慌てて否定しようとするアヤネだったが、もはや付いてしまった火種は燃え上がってしまって、アヤネのか細い声では吹き消す事は出来そうになかった。
そんなわけで転校初日にして、緑川アヤネは、バンドに加わることになってしまったのだ。
その後、放課後までどうやって部活を断ろうか考えあぐねながら過ごし、結局放課後はやってきてしまった。なんの答えも用意できないまま、アヤネは嬉しそうに笑顔を零すリサに背中を押され、にこにこと柔らかく笑むハルカになだめられ、少女たちは音楽準備室までやって来たのだ。あれよあれよと連れ去られるように流されるアヤネの背中を、カナはジト目でずっと見つめ続けていた。謎を多く抱えた瞳の奥で、アヤネの何かを見通しているかのように。
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