女子高生ですが、異世界転生者に絡まれて困ってますっ!
花井有人
アヤネ編:vsチート能力『TS』
はじめましては壁ドン
麗らかなる春の日差しのなか、とっくに散ってしまっている五月のサクラの並木が迎える校門。
公立、滝音高等学校。そこが今日から通う学校の名前だった。少女は昇降口を潜り抜けて職員室に顔を出すと、すぐに教師が駆け寄ってきてくれた。
今日から新しい学校――。新しいクラス――。
期待よりも不安のほうが大きいと強張った表情をしていた。
……友達はできるだろうか。勉強はついて行けるだろうか……。
そんな不安げな表情が素直な性格のためかすっかり表に出てしまっていたらしい。
「緊張してる? 緑川さん」
「だ、大丈夫です」
前を歩く教師、一年四組担任の小西ユイが優しい声で気遣ってくれたが、転校生の少女は内心の緊張を伝えることなく強がった。
そんな少女の前を歩く小西は、ぴたりと歩みを止めて振り向いた。
「緑川アヤネさん」
「は、はい」
転校生、アヤネはびくんと跳ね上がる様に反応する。やはりどうしようもなく緊張しているのだ。
五月も終盤に差し掛かる頃、滝音高校に転校してきたのは両親の仕事の都合によるものだ。以前通った学校は僅か一か月で別れを告げた。その一か月でできた友人もいたが、育んだ友情はまだまだ薄かったと言わざるを得ない。
転校することが決まったと告げても、あまり感慨深い物が湧いてこないし、相手もなんだか微妙な顔を浮かべるばかりだった。
転校先で友達なんてできるだろうか。
五月の終盤ともなれば、もう仲間グループがしっかり固定されているはずだ。
そうなると、まったくの新入りがその輪に入り込む余地があるのかは、疑問が沸く。それに女子高生って面倒な生き物なのだ。グループに入れなかった青春は恐らく地獄絵図となるだろう。
だから、アヤネは不安しか抱いていなかった。
この転校は、彼女にとって何のメリットもなかったのだから。
そんなアヤネの不安気な顔をまじまじと見つめてくる小西先生は、まだ若い教師だった。物腰柔らかというか、ふわふわとしたまったりした性格の女性だというのが、アヤネの感じたファーストインプレッションであった。
柔らかそうなウェーブのある髪がそう言った印象を抱かせたのかとも思ったが、彼女の声や表情が内面に現れているのだと少し会話しただけで分かった。
(優しそうな、先生――)
にっこりと笑む小西先生の顔を見つめて、アヤネは少しだけ強張っていた表情を和らげることが出来た。
「困ったことがあったら、言ってね」
「ありがとう、ございます」
やがて辿り着いた教室は廊下に居ても聞こえるくらいにざわついていた。
今日、転校生がくるということがすっかり伝わっていて、クラスメイトは盛り上がっているのだろう。
(う……やだな……)
転校生というのは、どうしたって注目を集めてしまう。
本来、目立つことが好きではない大人しい性格をしているアヤネは、その期待がなんだか鉄球のように重くのしかかってくるように感じて、やはり表情を固めてしまうことになった。
「呼んだら、入ってきてね。簡単な自己紹介、お願いするから」
「は、はい」
笑顔、笑顔を作らなくては……。昨夜鏡の前で笑顔を作る練習をした。人間、第一印象が大事だ。笑顔は、人を惹きつける効果がある。強張った顔をしていたら、仲間の輪に入れない。
小西先生が、教室に入っていき、ざわつくクラスメイトに注意するのが聞こえてくる。
アヤネの鼓動は最高潮に高鳴っていた。人生最大と言っても過言ではなかった。喉がカラカラで、舌がマヒしたみたいにもつれそうだ。
アヤネは、丁寧に切りそろえた前髪を気にしながら、自分の名前が呼ばれるのを待った――。
※※※※※
「ねえ、今日転校生が来るんだって~!」
「えっ、マジで?」
前の席に座る桧山ハルカが森久保リサにキラキラした瞳で告げてきた。どこから仕入れた話なのか知らないが、どうやら本当の情報らしく、あっという間に朝の教室はその話題で持ちきりになっていた。
「男子? 女子?」
リサはハルカの話題に食いついて、机に身を乗り出す様にハルカへと問い詰める。リサの溌剌とした声は、まるで少年のようだった。
対するハルカはニコニコ笑顔で、おっとりと答えるのは妙にアンバランスな二人のように見える。
「女子みたい。どんな子かなあ?」
「女子か……! ……歌上手いかな……」
リサは腕組して、やってくる転校生の事を考え始めたらしい。
それを見て、ハルカが首を傾げる。ふわりと柑橘系の香りが、彼女のミドルロングのくせっ毛から舞い、随分いいシャンプーを使っているのだろうなと思わせる。
「もしかして、リサちゃん。転校生を勧誘するつもり?」
「そりゃそうだろ! だって話題にもなるし!」
「そうかもしれないけど……」
リサは拳を作って力説するように言うが、その勢いで転校生が引かない事を祈るばかりだ。
現在、リサは軽音部の部長をしている――いや、しようとしている、が正しい。
部員は三名しかおらず、『部』として申請が通っていないのだ。最低四名集める事が部を作る条件となっており、五月までにメンバーを集められない場合、軽音部の設立の話は霧散するのだ。
昔からバンド演奏が好きだったリサは、高校に入り軽音部を設立することを夢見て、この学校にやってきた。
メンバーを集めるところから始まることになったわけだが、リサは持ち前の行動力で、入学式の日、早々に前の席に座るハルカに声をかけ、勧誘してみせたのだ。
凄い熱量を持った青春真っただ中というリサのエネルギーにぶつかった者は、誰もがちょっと引く。リサはクラスメイトに男女問わず勧誘して回ったが、初日にいきなりそんな勧誘を受けて素直に頷く者はいなかった。
――ハルカを除いて。
ハルカは別に軽音自体にはそこまで強い興味を持っていたわけではないが、こんなに熱く語るリサという同年代の少女が面白い子だなーと、興味を持っただけだった。
ふんわりした自分とは対照的で、自分にない物を持っているように思えたからだ。
ハルカは、その場で「いいよ」と返事をしてそれからリサとハルカは部員集めのために奔走することになる。
そこに加わった三人目がいるわけだが、それはまた後にやってくる。
その人物は、現在教室にやってきていないらしく、席は空いていた。
もうすぐ朝のホームルームが始まる時間になる。何時まで経ってもやってくる様子がないその人物は遅刻の常習犯だった。
「……あいつ、また遅刻か?」
「うーん、そうみたい」
「幼馴染なんだろ、朝一緒に来ればいいじゃん」
リサは空いている空席を見つめて、ハルカに少し呆れたような口調で言ってみたが、ハルカはなんでもないように、笑顔を浮かべたままだった。
「実は、カナちゃんの家、知らないんだー」
「え、そうなん?」
軽音部部員勧誘の際、まったく人が集まらない処にハルカが無理やり手を引いて連れてきたのが、幼馴染であるという神谷カナだった。
気だるそうに連れてこられたカナは、面倒だと言っていたが、ハルカの強制的な連れまわしとリサの強引さでなんだかんだ、軽音部に入らされることになった。
――が、どうにもあまり授業態度もよくないし、遅刻常習犯、それにちょっとばかり目つきが悪いことから不良だというレッテルが張られかけているのだ。
……最も、テストでは全科目満点を取ったことから、教師陣もあまり強く言えないらしい。天才、という部類の人間なのかもしれない独特の雰囲気を持っていた。
ともかく、三名まで確保できた軽音部は残り一人、今月までに集めなくてはならなかった。
そこにやってきた転校生は、リサからすれば恰好の補充要員のようなものかもしれない。
期待は大きくなっていく中、ついにがらりと教室の戸が開き、担任の小西先生がホームルームのために顔を出した。
「はーい、みんな静かにね」
ざわついていた教室だったが、小西先生の柔らかな声の一声だけで静かになった。この教室の生徒がみな、小西先生を慕っている現れのようにも見える。
出席を取っていくなか、たった一人、『神谷カナ』だけ声が上がらなかったのを確認して、小西先生は困ったような笑顔を見せた。
「神谷さんは今日も遅刻かー。しょうがない。登校してきたら、職員室に来るように伝えてくれるかしら?」
「はーい」
ハルカが手を挙げて返事をする。こんな光景も、もう日常茶飯事のようになっていた。
それで、一度空気が切り替えるように、小西先生ぱちん、と手を叩く。
「では、転入生を紹介します。緑川さん」
小西先生の声と共に、クラスの面々は静まり返り、教室の入口に釘付けになった。
ついに、姿を見せる転校生に、誰もが興味津々と言った様子だったのだ。
「…………」
しかし、入り口の扉は開く様子がなく、ただ沈黙の時間が続いた。
小西先生が困ったような表情を浮かべて、改めて名前を呼ぶ。
「緑川さんー? 入ってきていいわよ、緑川さーん?」
まったく開く気配のないドアに面々は怪訝な顔を浮かべる。
ハルカとリサも、思わず顔を見合わせた。次第にざわついてくる教室内に、小西先生は、仕方ないと言う様子で、教室のドアを開いた――。
「みどりか、わ、さ――ん……?」
ドアを開き、そこにいるであろう転入生の少女の姿を確認して、小西先生はその言葉を詰まらせていった。
そこには、確かに緑川アヤネが居た。
しかし、その彼女の姿に絶句してしまったのだ。
「あ、あ、あの、あのっ……」
アヤネは困惑した様子でうろたえきっていた。
それもそのはずだ。彼女は、目の吊り上がった威圧的な表情をしている少女によって、壁に押さえつけられているような状態となっていたのだ。
いわゆる壁ドンの状態だった。
「神谷さんっ!?」
はっとした小西先生が、驚愕の声を上げて、壁ドンしている少女、神谷カナに呼びかけたのである。
アヤネは何が何やら突然のことで頭が整理できないまま、通路の窓側に押し込まれるように、神谷と呼ばれた少女に詰め寄られて、どうしようもできないでいた。
「あ、あの、私、き、今日からここの生徒でっ……」
しどろもどろに、自分が妖しい人間ではないと神谷とよばれた少女に弁明するが、威圧的な雰囲気を持つ神谷は、鋭い眼光で転入生のアヤネを突き刺す様にみていた。
「あんた……」
少しばかりハスキーな声色で、神谷カナは口を開いた。
その瞳は、なんだか不思議な印象を抱かせるミステリアスなもので、アヤネは視線から目が離せないままだった。
「運がないね」
そういうと、アヤネに詰め寄っていたカナは身を引き、そのまま教室内に入っていった。まるで、何事もなかったように自分の席にストンと座ると、そのまま頬杖をついて、瞳を閉じたのである。
呆気にとられたのは、その他の人間すべてだった。
アヤネも、小西先生も、その背中を見送る様にしたまま暫く動けなかったし、リサとハルカは、知人の奇行に目を丸くして席に座るカナを見ているばかりだった。
「あ、あの、大丈夫? なにかあったの?」
最初にはっと我を取り戻したのは小西先生だった。茫然としている転入生に、気を遣って声をかけると、アヤネも気を持ち直して「はい」と目をぱちくりしながら、頷いた。
何かあったかと聞かれても、こちらが聴きたいくらいだ。
廊下で名前を呼ばれるのを待っていると、突如現れたあの『神谷』と呼ばれた女子生徒に詰め寄られたのだ。何か気に障るような事をした覚えはないし、まったく初対面の少女である。
(運がない――?)
なぜそんな事を出会い頭に言われなくてはならないのだろう。
アヤネは、不可思議なこの出会いが、自分の運命を大きく動かしていくことになるとは、その時まったく考えもしなかった。
その場を取り繕うように、先生が教室にアヤネを連れてきて、簡単に自己紹介をすることまで進めたが、もはや小西先生もクラスメートも、その衝撃的な転入生の登場場面と、クラスの中のトラブルメーカーによる奇行のためか、歓迎の拍手はまばらだった――。
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